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第18話 オメガバース
翌日。
俺はサーシャと共に国立大学へと向かった。
国内に医術を学べる学校は一か所しかないため、皆、この大学で学び国中へと散っていく。
「大学なんて俺、入ったことないからすごくドキドキします」
そう、サーシャが声を弾ませる。期待に満ちた響きを感じ、俺はまた胸に痛みを覚えた。
「大学?」
サーシャが肩にさげているショルダーバッグから顔を出しているクロハが不思議そうに言った。
「うん。大学。勉強をたくさんするところだよ」
「サーシャ、勉強した?」
「俺は戦士だから、戦う事しか知らないんだ」
そしてサーシャは首を振った。
戦う事しか知らない人生、というのは俺には想像もつかないことだった。
サーシャがいた国は戦争を仕掛けられたが、その期間はさほど長くなかったはずだ。
そのあと放浪していたらしいが、奈落をめぐる旅をしていたら、戦いばかりにはなるか。
「戦う、すごい!」
クロハが声を上げる。
「すごくないよ。戦うなんて誰でもできるし」
たぶんそんなことはないだろう。
戦争を生き抜き、さらに大陸を二年旅するというのは、並大抵ではできないだろう。
モンスターは出ないが盗賊や夜盗は出ると聞くし。
「すごいと思いますよ、サーシャさん」
「あはは、ありがとうございます」
サーシャが恥ずかしげに笑った。
宿から歩いて二十分ほど。王宮から少し離れたところにある大きな学校が王立大学だ。
図書館は手続きをすれば誰でも使うことができる。
見知っている教授の名前を受付で伝え、会えないか交渉したところ、昼休みであれば面会できると伝えられた。
それまで俺は、構内にある図書館で調べ物をすることにした。
円形に作られた図書館で手続きを済ませ俺は目的の本を探す。
サーシャも勇者の伝承などを調べるというので彼とは別れた。
アルファとオメガについて、表で騒がれるようになったのはここ十年のことだ。
そのためわからないことが多い。
本をまとめてテーブルに運び、一冊一冊読んで、必要なことを書きだしていく。
この国では王族や貴族たちの一部はアルファやオメガの存在を理解していたそうだ。彼らはオメガを「神の御使い」と呼び、数か月に一度発熱などの発作に襲われる少年の噂を聞きつけるとその場に行き、金を積んで買い取ったり、時には攫ってきたという。
親からしてみるとわけのわからない発作に襲われる不気味な子供で、扱いに困っていたところに貴族が大金積んでくる物だから喜んで皆、差し出したという。
それを読み、俺の中で嫌悪感が膨らんだ。
ノエルが、俺に対して神の御使いがとか言ってのはこういう事か。
俺はオメガではないというのに。
オメガとアルファは独特な匂い、フェロモンを発し、互いを認識できるという。
オメガが数か月に一度迎える発作――発情期にアルファによってうなじを噛まれると番の契約が成立し、互いに離れられなくなる。
そしてどちらもお互い以外に興味を示さなくなる――
「ならばなぜ、ノエルは俺を……」
調べれば調べるほど、ノエルの行動は不可解だった。
ノエルには番がいて、しかも子供が生まれる予定だ。
なのにあの男は俺に執着してきた。運命がどうのとか言っていたがどういうことだ。
訳が分からない。
不審に思いつつメモをとっていると、頭上から声がかかった。
「あぁ、カミルさん」
声に顔を上げると、サーシャが数冊の本を抱えて立っていた。
「失礼しますね」
と言い、彼は俺の前の席に腰かける。
そして俺の読む本に目を向けた。
「オメガバース研究……? なんですか、それ」
「知らないのですか?」
驚き尋ねると、彼はきょとん、とした顔で頷く。
「はい。『第二の性、オメガとアルファ』……そんなものがあるんですか」
あぁ、サーシャがわからないのは無理もないか。国によって認識が違うのだろう。
オメガやアルファは各国に千人にひとりかふたり、という話がある。小国であればその数は減るし、下手をしたら会うこともないだろう。
「えぇ。ここ十年ほどで判明した性別のひとつです。現状、男にしか発現しない、アルファとオメガ、という性があるのですよ」
「アルファと……オメガ」
「ノエルはアルファでした。そしてアルファはオメガからしか産まれません。アルファは総じて優秀で、身体能力も知能も高いと言われています。ただ、オメガに対する執着心がすごいらしい、です」
それがアルファの欠点だろう。
「つまりアルファもオメガも男、ということですか?」
「えぇ。そうです。通常女性からしか子供は産まれませんが、男のオメガは子供を産むことがでできるんです」
「え? そうだったんですか?」
サーシャが驚いた様子で身を乗り出してくる。
なんだろう、なにか違和感がある。
男が出産する、と聞いて驚くのはわかる。けれど、そうだったんですか、とはどういうことだ?
胸がざわつく。
「俺の両親はどちらも男でしたけど、普通の事だと思ってました」
呆然とつげるサーシャの言葉に、俺は目を見開いた。
両親共に、男だった?
サーシャは確かにそう告げた。
だからノエルの「声」が通じなかったのかと、ひとり納得する。
「そうなるとサーシャさん、貴方は……」
アルファ、ということになる。
その言葉を俺は飲み込んだ。
アルファはオメガからしか生まれない。けれど、オメガから生まれた子供は確実にアルファ、なのだろうか。
サーシャが、小さく首を傾げて俺を見つめる。
「カミルさん、俺が何ですか?」
そう問われ、俺は首を横に振り言った。
「いいえ。何でもないです。サーシャさん、その本は勇者たちの記録、ですか?」
話題を変えようと、俺は彼が持ってきた本へと視線を向けた。
数冊の本の題名には、「魔王」とか「奈落」「勇者」の文字が見える。
サーシャは本へと目を落として言った。
「はい、そうです。勇者一行の記録、らしいんですが。どこまで本当かがわかりませんけどね」
と言い、彼は笑う。
まあ確かにそうだろうな。
勇者一行の孫である俺さえも、勇者の話はろくに知らないのだから。
「他の国でもこういう本を読みましたけど、奇跡とかそういう話が多くて」
「そうでしょうね。祖父は旅の事をほとんど話そうとしなかったようですし」
「ですよね。勇者一行は自分たちの旅について話を広めてないみたいで。だから伝説と化して、話が膨らんでいるんですよね、きっと」
そう言ってサーシャは本を開いてそこに目を落とした。
いくつかの文献を読み、わかったことはアルファには特定のオメガに執着をしめすことがある、という事だった。
俺はオメガではないし、数か月に訪れるという発作……発情もない。なのになぜノエルは俺に執着を示してきたのか?
ベータをオメガと誤認することがあるのか?
それは調べても全然わからなかった。
オメガもアルファも、検査する手段が現状確立されていない、というのがひとつの原因か。
オメガかどうか判明するのは主に十代後半であるとされる。
二十四歳の俺が、オメガになることがあるのか?
資料は何も語らなかった。
やはりオメガバースには謎が多すぎる。
ノエルの行動について何かわからないかと思ったが、結局わからずじまいだった。
サーシャの方も特に収穫はなかったようで、本を閉じて彼は残念そうに笑った。
「どの文献にも、死者をも甦らせた、とありますけど本当の事なのかわからないですね」
「死者を甦らせるなんて不可能ですよ」
いくら治癒魔法でもそれはできないはずだ。そこだけは強く否定できた。
サーシャも頷き、
「ですよね」
と、苦笑交じりに答える。
「でも……怪我や病気を治癒したはあると思うんですよ」
「なぜサーシャさんは、治癒魔法を求めるのですか? もう、戦争は終わったのに」
これは以前にも聞いたが、不思議でならなかった。
これはたぶん、執着、とでも呼ぶべきものなのだろう。
彼はずっと、四年前の戦争に囚われているように思えた。
サーシャは顔を伏せる。
何かを考えるようにじっと。
そして彼は本を撫でてぽつり、と言った。
「なんで、でしょうね」
以前ははっきりと、その目的を口にしていたが。
今は違う思いを抱いているのだろうか。
「治癒魔法があれば仲間は死ななかったかもしれない。そう思って魔法を捜してきました。でも、唯一の手がかりである貴方に出会って、魔法の存在を否定されて」
そして彼は肩をすくめる。
「自己満足、ですよね。自分だけが生き残って。死んだ仲間に自分ができることを考えてそれで」
と言い、寂しげに笑い俺を見つめる。
「俺はずっと囚われているのかもしれません。目の前で死んだ、友人の言葉に。彼から聞いた治癒魔法の話。あれがあれば皇国に負けなかった。その言葉がずっと、俺の中にあり続けているんです」
あぁ、そうか。
彼の中では戦争が続いているのかもしれない。
仲間が死んだのはサーシャのせいじゃない。なのにサーシャはそう思い込んでいる。
「仲間が死んだのは、貴方のせいではないでしょう」
「そうですね、わかっています。でも……」
と言い、サーシャは目を伏せる。
「そうでないと、俺が生き残った意味がないような気がして」
つまり治癒魔法を探すことが、今、彼が生きる目的になっている、ということか。
俺は戦争を経験していないから、サーシャが負った傷がどれほどのものなのか想像もつかない。
何かほかに、彼が生きる目的を得られたらいいのに。
「サーシャさんには恋人、いないんですか?」
好きな相手がいればそれが生きる目的になるだろうに。そう思っての問いかけだったが、サーシャは驚いた顔をして俺を見る。
「恋人……ですか? いないですよ。俺は戦争のさなかに両親を相次いで亡くしてますし、見合いもないんです。騎士として生きてきて、異性と付き合う様なこともなかったですからね。」
そう言ってサーシャは苦笑を浮かべた。
それもそうか。そういう相手がいたら旅などしていないな。
思慮不足だったなと内心反省し、俺は壁にかかる時計に目を向けた。
時刻は、十一時半を過ぎていた。
もうすぐ昼休みだ。
教授との約束は、十二時半過ぎ。あう前に食事をしに行こうか。
そう思い、俺はサーシャに声をかけた。
「サーシャさん」
「はい」
「お昼、食べに行きましょうか。教授に会う前に」
「そうですね」
俺たちは本を片付けたあと、構内の食堂へと向かった。
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