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第19話 帰り道

 教授から話を聞いた俺はとても気が重かった。  胸の奥に大きな暗闇があるようで、足取りも重くなってしまう。 「カミルさん、大丈夫ですか?」  俺の肩に、サーシャの手が触れた。  驚いて俺は、ばっと顔を上げてサーシャの顔を見る。  彼は心配げな顔でこちらを見ていた。 「カミルさん?」 「あ……いいえ、なんでもないです」  言いながら、俺は張り付けた笑みを浮かべて小さく首を振る。  サーシャは納得していないような顔をしたが、俺の肩から手を離して言った。 「オメガとかアルファとか。そんなものがあると今回初めて知りましたけど、複雑なものですね」 「そう、ですね」  言いながら俺は下を俯く。  他人ごとだとずっと思っていた。なのに……今俺は、オメガかもしれない恐怖におびえている。 「でもなぜそれを調べようと思ったんですか?」 「それは……」  と言い、俺はぐっと言葉を飲み込んだ。  大学の門を出て、俺たちは宿へと向かう。  王都、しかも王城近くと言うこともありたくさんの人が行き交う。  この中にアルファはいるのだろうか。  足を止め、俺は辺りを見回す。  けれどもちろん、見るだけではわからなかった。  試しに匂いを嗅いでみるけれど、全然わからない。  誰かの香水の匂いがするくらいだろうか。 「ノエルがいるでしょう」 「あぁ、カミルさんを襲った……?」  遠慮がちにサーシャが言う。 「そうです。ノエルはアルファです。アルファはオメガにしか惹かれないのです。なのにあのノエルは、俺に執着して……」  言いながら、俺は路地裏で抑え込まれた時の事を思い出し、思わず口を押えた。  恐怖がこみ上げ、気持ち悪さに吐き気がしてくる。 『もっと早く言うことを聞いていたらよかったのに。お前は本当に強情で、俺をことさらに煽るんだもの』  というノエルの声が耳の奥で響く。  違う、俺はオメガなんかじゃないのに。  そう思いたいのに現実がそれを許さない。 「カミルさん?」  心配げに響く、サーシャの声が心地いい。  ノエルの声を忘れたい。なのにあの男に抑え込まれた時のことはずっと、俺の記憶に暗い影を落としている。  すっかり動けなくなってしまった俺の肩に、サーシャの手が触れる。 「宿に、帰りましょう」  俺の肩を抱くようにサーシャが俺を引き寄せる。  俺はサーシャに支えられながら、人ごみをかき分けて宿へと戻っていった。  何とかベッドに横たわったものの、気分の悪さはぬぐえなかった。  町を離れれば大丈夫だと思ったのに。自分では気が付かないほど、俺は心に傷を負っていたのか。  ベッドで丸くなる俺の背中で、クロハがくんくん、と鼻を押し当てているのがわかる。  そう言えばクロハは俺やサーシャから匂いがする、とか言っていたっけ。  もしかしてクロハはアルファやオメガが発する匂いがわかるのか?  人間よりも臭覚はいいだろうから、ありえるか。 「カミルさん、お水いただいてきました」  扉が開く音と共に、サーシャの声が響く。  ゆっくりと首を動かすと、カップを持ったサーシャが俺のベッドの横に立つ。  そして俺を見おろし言った。 「あの、起きられますか?」  心配げな顔で言い、サーシャはカップに手を添える。 「あぁ……すみません。ありがとうございます」  そう答え、俺はゆっくりと起き上がる。  その時だった。  ぐらり、と視界が歪み、倒れそうになってしまう。  まずい。 「カミルさん」  手が、俺の身体を支える。  ベッドから落ちるのは免れたようで、俺はサーシャにしがみ付いて大きく息をついた。  その時だった。  サーシャからわずかに匂いがする。  花の……春の庭のような甘い匂いが。  驚いて俺はサーシャを見る。  この匂いは……アルファの匂いなのか? ということは俺は本当にオメガ……  気持ち悪さを覚え、俺はまた口を押えた。  嫌だ嫌だ嫌だ。  そんな言葉が頭の中を埋め尽くす。 「カミルさん」  違う。  サーシャはアルファじゃない。だから俺はオメガじゃない。  そう言い聞かせないと俺の理性が崩れてしまいそうで怖かった。  俺はサーシャにしがみ付き、荒く息を繰り返す。  そんな俺を、戸惑ったように抱きしめる腕がある。  サーシャだ。  サーシャが俺を抱き締めている。 「だ、大丈夫ですから……あの、ノエルさんはここにいませんしそれに……」  そこで言葉を切り、サーシャはぎゅっと俺を抱き締める。 「俺が、貴方を守ります。あんな目には絶対に、合わせません」  そう、決意したように告げる。 「サーシャ……さん?」 「貴方には、助けられましたからね。あの時、あのノエルさんの腕を貴方が治していなかったら、俺は捕まっていたでしょうから」  それは俺を救うために起きたことだから、助けられた、とは違うだろうに。  なのにサーシャはそのことにまだ恩を感じているのか? 「あれは……俺のために貴方が囚われる様なことは嫌だったので」 「腕を折らなくても、もっとうまくノエルさんを制圧していればよかったんですよ。なのに俺、ついかっとなってしまったので」  そう言って、サーシャは苦笑いしたようだった。  あぁ、この男は優しいのだな。  どう考えてもサーシャに非はない出来事だったのに。  そんなサーシャに俺は何ができるだろうか。

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