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第20話 発情
その夜は宿に帰り、翌日また出かけるということになった。
食事を済ませたあと俺は、椅子に腰かけてテーブルで今日調べたことや聞いたことをノートにまとめる。
オメガは通常、十九歳までに初めての発情を迎える。けれど、例外もある。
オメガとアルファは互いに匂いでわかるが、最初の発情を迎えていないオメガを、アルファは判別できるのかは不明。
アルファの中には運命を口にする者がいる。
その運命はたがいにしかわからない。
そこまで書いて俺は、手を止めてノートを見つめた。
こんなものに振り回されるとは度し難い。
俺は無関係だと思っていた、思いたかった。
なのにこの歳になって俺にオメガの可能性がわずかとはいえ出てくるなんて。
俺は、床に座り武具の手入れをするサーシャへと視線を向ける。
彼のそばではクロハが興味深そうに剣を見つめていた。
サーシャから何度か香った匂い。
それを思うと俺がオメガでサーシャがアルファであるのだろう。
けれど、俺はそれを受け入れきれない。
だめだ、考えると頭がおかしくなる。
思わず顔を歪めていると、サーシャがこちらに気が付き微笑んだ。
「カミルさん、まとめ終わったんですか?」
「え? あ……いいえ、まだ」
そう言って、俺はぎこちなく笑う。
するとクロハがはっとした顔をして、俺に近づき、くんくんと鼻を鳴らす。
「カミル、匂いする。カミル、匂い!」
そう告げて、ぐるぐると床の上で尻尾を追いかけ始める。
何だこれは。
困惑して俺はクロハを見つめた。
まるで遊んでいるように、クロハは尻尾を追いかけ続けている。
この生き物もいったい何なんだ。これも調べる必要があるが、いったいどう調べたらいいのか見当もつかない。
「あはは、クロハ、面白いな」
そうサーシャが笑うと、クロハが尻尾を振ってサーシャに突進を仕掛けていった。
勢いよくとびかかるクロハを、サーシャが抱き留める。
「おっと」
騎士であり鍛えているからか、転がることなくサーシャはクロハを受け止める。
俺だったら問答無用で押し倒され、床に頭をぶつけていただろう。
クロハはサーシャに撫でられ、勢いよく尻尾を振っている。
俺から匂いがすると言っていたが、それはオメガの匂い、ということか?
あの獣は、その匂いがわかるのか。
そうなると俺は……
恐怖に震え、俺は下を俯き唇を噛んだ。
俺は……オメガじゃない。
俺はベータだ。
そう思い込みたいのに、運命は残酷に動き出していく。
その夜。
夜中に目覚めた俺は、体温が異様に高くなっているように思えた。
なんだろう、これは。
熱は……いや、熱があるわけじゃない。
なのに身体が熱く、息があがる。
「はぁ……あぁ……」
身体の奥が疼く。
後ろが濡れ、何かを溢れさせているように思えなんだか気持ち悪かった。
なのにそれ以上に、欲しい、という思いが強くなる。
誰か……この穴を埋めてほしい。
「う、あぁ……」
呻いて俺は、ぎゅっと、布団を掴んだ。
「……カミル、さん?」
心配げな声がしたかと思うと、足音が近づいてくる。
そして俺の頭に手が触れた。
「あ……」
思わず喘ぎ、俺は驚きぎゅっと、唇を噛む。
なんだ今のは。
サーシャに触られたところがじん、と熱くなったような気がした。
違う。ただ触られただけなのになんだ、気持ちがいいって。
違う俺は……俺はオメガじゃない。そう思いたいのに、この症状はまるで発情だ。
そう気が付き、俺は恐怖と欲求のはざまで揺れた。
「カミルさん? カミルさん」
サーシャの手が俺の身体を揺らす。
あぁ、サーシャから匂いがする。
俺の理性を溶かす、かぐわしい匂いが。
やばい。このままだと俺は、俺は……
「カミルさん、大丈夫ですか? なんだか……すごい匂いがしますけど」
怪訝そうに言い、サーシャは俺の身体を揺らす手を止める。
「あ……これは……」
そう呟きサーシャが俺から手を離す。
「カミル、さん……」
サーシャの辛そうな声が聞こえてくる。
アルファはオメガの発情期には逆らえないと聞くが、そうなるとサーシャは俺を……
「これは……いったい……」
苦しげにサーシャが呟くのが聞こえてくる。
あぁそうか、サーシャは知らないんだ。
それならひとりでなんとか……いや、部屋が同じであるしそれは無理だ。
「カミル、さん……」
サーシャの手が、俺の布団にかかるのに気が付く。
「カミル……さん……」
何度も俺の名前を繰り返して呼び、サーシャは俺から布団をはぎ取った。
あぁ、これは……どうにも逆らえないことなのだろうか。
オメガだから。アルファだから。これは仕方のない事なのだろう。
わかってはいる。なのに心が苦しい。
「これは……発情期……です」
息を切らせて答え、俺は身体を起こす。
「発情期……?」
「ええ。今日、聞いたでしょう。アルファとオメガの話を。たぶん俺はオメガで……貴方は、アルファ、なんだ」
「え、あ……え?」
苦しげに呟き、サーシャは胸に手を当てる。
暗くてよくわからないが、戸惑っているのだろう。彼は自分がアルファだと知らなかったのだから当たり前か。
説明するのももどかしいが、先の事を考え考えると端折るわけにもいかない。
そう思い俺はサーシャの腕をがしり、と掴んだ。
「とにかく、オメガは発情期を制御できないし、アルファは発情期のオメガに抗えない。だから割り切るしかないんだよ」
その言葉は自分に言い聞かせるためのものでもあった。
そうだ、割り切るしかない。
「カ……カミル、さん」
余裕のない声で俺を呼ぶサーシャ。
「今、俺を抱きたくて仕方ないだろ? だからサーシャさん、俺を抱くんだよ。そうしないと俺もあんたも苦しいだけだから」
「だ、だ……抱くって……そんな事……」
サーシャが怯えたような声を出す。
けれど確実に彼の息は上がっているし、視線を下に向ければ下半身が反応を示しているのがわかる。
「一週間。俺はこれが続く。そのあいだ俺は何もできないし……あんたもこの匂いには逆らえないだろう?」
「いや……でも……俺、別の部屋借ります」
そう言って、彼は俺の腕を振り払おうとする。
今は夜中だ。宿とはいえ、皆眠っているだろう。
「こんな時間に何言ってるんですか」
そう俺が言うと、サーシャは動きを止めた。
「あ……で、でも俺は男で……」
あんたの両親はそもそも男同士だろうに、急に何を言い出すんだ。
もどかしさを感じながら俺は続けた。
「知ってますよ、そんなこと……だってアルファもオメガも男にしか存在しないのだから。だからサーシャさん」
俺はぐい、とサーシャの腕を引っ張り顔を近づける。
「本能に従うんだ」
確か、行為をすればこの発情はマシにになるはずだ。本当かは知らないが。
「カミル……さん……」
苦しげに俺の名前を呼んだあと、サーシャは意を決したように俺の肩に手を置く。
「すみません」
そう謝罪の言葉を口にした後、サーシャは俺をベッドに押し倒した。
「カミル」
普段では考えられない低い声で、サーシャが俺の名前を呼ぶ。
後ろから首を舐められて俺は、鋭い声で言った。
「サーシャ、ダメ……」
そう告げるとハッと、サーシャが止まったように思えた。
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