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第22話 向き合いたい
そして迎えた一週間後。
嘘のように身体が軽く、熱情も感じない。
朝、おそるおそる、という感じで部屋を訪れたサーシャは、心配そうな顔で俺を見つめた。
「カミルさん、あの……大丈夫……」
「カミル、おはよう!」
「うわぁ!」
サーシャをおいて勢いよく飛びついてきたのはクロハだった。
なんとか抱きかかえると、クロハは勢いよく尻尾を振る。
「匂い、うすい! 終わった? カミル!」
などと言いだす。
「クロハ、俺の匂い、わかるのか?」
「わかる! でも薄い。いまうすい」
これは、発情期じゃないと匂いが薄くなるのだろうか。俺にはよくわからない。
「匂い……今はわからないけど……あの……発情していた時ははっきりと匂いがしました」
遠慮がちなサーシャの声がする。
俺にもサーシャの匂いはよくわからない。近付けばわかるだろうか。
そう思い俺はサーシャを観察し、彼に向かって言った。
「ちょっといいですか?」
「え?」
きょとん、とするサーシャに俺は近付き、その首元に顔を寄せる。
サーシャの匂いを確かめるために。
わずかだが、匂いがする。
甘くていい匂いが。
やはりノエルの匂いと違い、嫌な感じがしない。
むしろ落ち着くいい匂いだった。
「ちょ……!」
飛び跳ねるようにサーシャが逃げていき、胸に手を当てて肩を上下に揺らす。
何かあったのか? 疑問に思いつつ見つめているとサーシャは言った。
「な、な、な、何をするんですか?」
驚きからか、声が上ずっている。
それに……気のせいか? 顔が赤いようにも見える。
「匂いがするかなと思って」
「いや……え? に、匂い……?」
サーシャは驚いた様子で自分の腕を鼻に近づけ、首を傾げる。
「サーシャ、匂い! アルファ、匂い!」
俺の腕の中で、クロハが騒ぎ出した。
「俺にはわかりませんが……匂い、するんですか?」
「ええ……少しですが。甘く爽やかな匂いがします」
ノエルからした匂いとは違う気がするが、アルファによって匂い、違うのか?
もっと嗅いでいたい、とさえ思うサーシャの匂い。
匂いで互いがわかるというのはこういうことなのか。
俺は、腕の中で騒ぐクロハに尋ねた。
「クロハもわかるの?」
「わかる! オメガ、アルファ、匂いする」
サーシャの問にえっへん、と得意げにクロハが言った。
やはりクロハは普通の魔獣ではないのか。
「クロハはなんでそれを知ってるんだ?」
「俺、月狼(つきおおかみ)! だから当たり前!」
そう答えてクロハは胸を張る。
月狼?
聞いたことがない。
「聞いたことあります。昔話というか……リデューに伝わる神話ですけど」
遠慮がちにサーシャが語る。
「我々の祖先が、狼だった、という伝説です。それが人になり獣性は薄れていったと。でも中にはその血を濃く受け継いだものがいて、力も能力も強いとか」
そう話したあと、あれ? という感じでサーシャは首をかしげた。
「なんだかアルファみたいですね」
同じことを俺も感じた。
俺の住む地域ではそんな伝説はないが……
もしかしたらオメガバースの始まりに関係あるのか?
「クロハ、月狼てなんなんだ?」
そう尋ねると、クロハは固まってしまう。
小さく首を傾げてしばらく沈黙したあと、
「わかんない」
と、自信満々に答えた。
「クロハは自由だな」
口もとに指を当てて、サーシャが笑う。
「そうですね。興味深い生き物ですが……月狼か。図書館に行ったら何かわかるかな」
そう呟いて俺はクロハを観察した。
見た目は犬だが……そうか、狼ということも十分あり得るのか。
狼をこんな間近で見たことないからわからなかった。
「あの、カミルさん」
名前を呼ばれハッとして、サーシャへと視線を向ける。
「何でしょうか」
「その……あの……結果的に、ですが……あんなことになってしまって責任、感じています」
サーシャは情けなさそうに顔を伏せる。
あぁ、気にしていたのか。
アルファはもっと傲慢なものかと思っていたが、この男はそういう物とは無縁なのだな。
「俺は貴方を傷つけたくはないです。でもああするしかなかったのも理解はしています」
「えぇ、仕方のないことですよ。アルファはオメガの発情期に抗えないし、オメガは発情期から逃げることができない。貴方のお陰で昼は何ともなかったですから、その……」
サーシャとの行為が一瞬頭をよぎり、思わず口ごもってしまう。
「えーと……感謝、しています。貴方がいなければ俺は、あの苦しみを一週間味わい続けることになったから」
「あ……」
俺の言葉に、サーシャはなんとも複雑な顔をする。
「できればその……」
と呟くように言い、視線が泳ぐ。
できれば、なんだ?
その先の言葉が思い浮かばず俺はじっと、サーシャが口を開くのを待った。
意を決したのか、彼は俺の方をまっすぐに見つけて言った。
「本能だとか、そういうのに惑わされずちゃんと、貴方と向き合いたい……から」
そう消え入るような声で言い、顔を真っ赤にしたサーシャは目線を下に向けてしまった。
向き合いたい、の意味が分からない。
「どういうことですか?」
「え? あ……えーと……その、なんでしょうか。俺もよくわからないんです。ただ、俺は貴方の事をもっと知りたいしその為にもオメガとかアルファの事ももっと知りたいです。あの状態に、三か月に一度はなってしまうんですよね?」
「えぇ、そう、なはずです」
それについては個人差がある可能性がある為、断定的には言えないが。
「あんな苦しむ姿を見るのは俺としてもその……辛いので。だからその時俺は……」
「その時は貴方を頼りますよ。他のアルファなんて知りませんし、乗り切る方法を知りませんからね」
今にも顔から火を噴きだしそうなサーシャの言葉を受け、俺が言うと、彼は安心したように息をつく。
「……すみません、カミルさん。貴方のために俺は、できる限りのことをしますから」
必死な様子で言い、サーシャは頭を下げた。
あぁ、この男はどこまでもまじめで、どこまでもいじらしい。
俺は思わず笑みを浮かべ、
「よろしくお願いします」
と、声をかけた。
サーシャは調べ物をすると言って、クロハと一緒に出かけていく。
俺もオメガについてもっと調べようと、王立の図書館へと足を向けた。
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