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第26話 旅立ちへ
他に旅に必要なものを買い足して、宿へと戻る。
クロハは宿の人に預けていたので、まずクロハを迎えに行った。
納屋で馬の周りで飛び跳ねているクロハは、俺たちに気が付くとばっと、明るい顔になり大きく尻尾を振る。
そして勢いよくサーシャの腕に飛び込んだ。
「ただいま、クロハ。夕飯、食べようか」
そうサーシャが声をかけると、クロハは大きく頷いた。
そして、宿の人に明日旅立つと伝え、夕食の席に着く。
二週間の旅か。
とりあえず国を出られるのは嬉しかった。
ノエルからもっと離れられるから。
サーシャには言えない、この不安。
ノエルには俺がオメガとわかっていたのだろうか。
ベータだと認識はしていたみたいだが、本能で気が付いていたのかもしれない。
そう思うと総毛立つ。
そんな不安が顔に出たのか。
部屋に戻る途中、サーシャが心配げに声をかけてきた。
「サーシャさん、大丈夫ですか?」
その言葉に俺はハッとして、サーシャを見る。
彼は俺に手を伸ばそうとして、すんででぴたり、と手を止めていた。
今朝、出かける時はためらいもなく腕を掴んできたのに。
どこか不安があるのだろうか。
俺はそんなサーシャに向かって笑顔を作って首を振る。
「大丈夫です。ちょっと、気になることがあっただけで」
「気になる事って、なんですか?」
真剣なまなざしが、俺をとらえる。
どうする、ノエルに俺が怯えていると言って心配させるのは本意じゃないが……
「俺はあの……何にもしないですから。いやしないって保証もないですけど」
どうやらサーシャは、俺が何を気にしているのか間違った解釈をしているらしい。
まあそうなるか。
何せ一週間、毎夜身体を重ねたのだから。
俺は割り切っているが、サーシャはそうではないのだろうな。
「違いますよ。あの……ノエルのことです」
迷った挙句そう伝えると、サーシャは一瞬ほっとした顔をした後、驚きの表情を見せた。
「ノエル……さん、ですか?」
「えぇ。彼の執着心を考えると、追って来てもおかしくないかと思ったんです。俺がその……オメガだって判明した今、彼を目の前にしたら俺は……」
どうなるのか予想もつかなかった。
もし、彼に迫られたら俺は抵抗もできず囲い込まれるのだろうか。
そう思うと恐ろしく、身体ががたがたと震えだす。
「カミル、さん」
力強い声で名前を呼ばれたかと思うと、背中に手が周り引き寄せられてしまった。
匂いがする。
サーシャの匂いが。
そこで初めて俺は、抱きしめられていると気がついた。
「俺が必ず守ります。貴方を傷つけるようなこと、絶対にさせませんから」
そう決意みなぎる声で言い、サーシャは一層腕に力を込めてくる。
「サーシャさん……」
彼の言葉を聞いて、胸の奥が熱くなる。
嬉しい、のだろうか、俺は。
サーシャの宣言が。
たぶんサーシャならノエルが何をして来ようと大丈夫だろう。
巻き込みたくはないのに。
けれど彼を頼るしかないのも現実だ。
なぜなら俺はオメガで、アルファを前にしたら無力だから。
俺はそっと、腕を上げてサーシャの背中に手を回す。
そして、小さく言った。
「……ありがとうございます、サーシャさん」
日があけて。
俺たちは王都を離れ旅路へと着いた。
ゆっくりとした馬車の旅。
ユリシール王国まで二週間ほどかかるというが、もっとかかるかもしれない。
海沿いの街道には、ときおり家がぽつぽつと建っているだけで、とても静かだった。
サーシャが言っていた通り途中何度か野宿を挟み、二週間以上が経った七月の初め。
ユリシール王国の国境にある町にたどり着いた。
山と森に囲まれた国。
俺がいた国は金色や明るい色の髪色が多かったが、この辺りまでくると暗い髪色の人たちが増えてくる。
サーシャのような褐色の肌の者もちらほらといて、だいぶ雰囲気が違って見えた。
入国審査を突破して、俺たちは王国領地に入る。
ここの町の北部に奈落があるらしく、冒険者風の人々の姿が多く目についた。
「以前来たときはさほど滞在しなかったんですよね。なのでエルフのことも何も知らなくて」
馬車をひき、町中を歩きながらサーシャが語る。
「二年も大陸を旅していたんですよね。まだ行っていない所、あるんですか?」
「ありますよ。魔王がいたとされる北の山脈には近づかなかったですし。その前に貴方の話を聞いていたので」
なるほど。
二年もあれば大陸中を旅できそうなものだが。
俺に会うために寄らなかったところがあるのか。
そう思うと申し訳なく思ってしまう。
「エルフに会おうとも思わなかったんですよね。よく考えたら当時を知る唯一の確実な生き残りなのに」
と言い、サーシャは苦笑いを浮かべる。
相手は長い寿命を生きるエルフ。しかも人嫌いで有名なことを考えたら、より確実な俺の元を訪れるのは当然か。
「この国に確実に住んでいるかはわからないんですが。でも、少し南の森に行くとエルフの集落があるという噂があるので可能性はあるかと思います」
この大陸にはいくつかのデミヒューマン……人間以外の種族がいる。
エルフはその代表格だ。
けれど数が少なく、あまり表に出ないため普通に生きていたら関わることもないと思う。
俺たちはまず宿をとり、このまま王都を目指すか、ここで情報を集めるかを話した。
「エルフは目立ちますからね。目撃情報があればすぐ話が広まると思うので……まずここで少し話を集めようかと思います」
「あぁ、そうですね。俺も手伝いますよ」
そう俺が言うと、サーシャはぱっと明るい顔になり、頭を下げて言った。
「ありがとうございます」
「エルフ、知ってるエルフ!」
と、クロハが騒ぎ出す。
あぁ、そうか、この子もいたか。
「クロハ、匂いでエルフはわかるの?」
サーシャの膝の上に座るクロハに尋ねると、自信満々に首を横に振った。
「わかんない!」
やはりそうか。
そんなクロハはサーシャの膝の上で気持ちよさげに大きな欠伸をした。
「あはは。お前のことも何かわかるといいけど、リデューに行くにはだいぶ時間、かかるしなぁ」
クロハはただの魔獣ではなく、月狼と自分で言っていた。
リデューに残る伝承と言っていたが、ここでもなにかわからないだろうか。
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