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第28話 エルフのリュート

 宿の外で待っていた馬車で揺られること三十分くらいだろうか。  郊外の、緑が広がる場所にたどり着く。  平屋の屋敷があり、その背中には森がひろがっていた。  畑や井戸もあるし、牛や羊が柵の中で優雅にくつろいでいる。  馬車を下り、アベルはその屋敷に目をやって言った。 「あちらでリュート様がお待ちです。リュート様は、自分を捜している者たちがいることを知り、俺を使いにだしました」  そしてアベルは歩き出す。  エルフのリュート。  勇者一行の唯一の生き残り。  緊張のせいか、身体が強張る。  一方、サーシャは嬉しそうだった。  足取り軽く、クロハを抱きかかえて歩いて行く。  茶色の扉の前に立つと、アベルはかちゃかちゃ、と鍵を開けて扉を開けた。 「ただいま戻りました」  そう言った後、彼はこちらを振り返る。 「どうぞ、お入りください」  アベルに続き、俺たちも中に入る。  広い玄関。正面に廊下があり、右手にすぐ扉があり、その奥から物音が聞こえる。  アベルはその扉の前に立つと、コンコン、と叩き、 「失礼します」  と声をかける。 「あぁ、おかえり」  ちょっとテンションの高い青年の声がする。  扉の向こう。広いリビングの中央にあるソファーに座る、金髪の青年。  特徴的な、尖った耳の彼は俺たちを見ると立ち上がり、腕を開きニコニコと笑っていった。 「ようこそ、僕がリュートだよ。君たちかい? 僕を捜していたのは」 「はい、あの、こちらの医術師が、ハイナー殿の孫だそうです」  そう告げて、。アベルが奥にある台所へと向かっていく。  するとリュートは小さく首を傾げ、面白そうに笑う。 「へえ……君が。確かに似ているね」  彼が、エルフのリュート。  彼は何を知っているんだろうか。  俺たちは、リュートの前のソファーに座る。  するとそこにアベルがお茶を持って来てくれた。  淡い緑のマグカップから、芳醇な香りが漂う。 「ありがとうございます」  そう礼を言い、俺たちはカップを手にした。  茶を飲みながら、俺はリュートを観察する。  青い二重の瞳が、興味津々、といったようすで俺たちを見ている。  特徴的な長い耳に白い肌。エルフを見たのは初めてだ。  勇者が魔王を倒して五十年。  見た目は二十代半ばくらいに見えるがいったい何歳なんだろう。 「懐かしいねぇ、ハイナーはもう死んだのかい?」 「リュート様、言い方がよろしくないです」  食卓の方に座るアベルが、呆れたように言う。  するとリュートは悪びれもせず言った。 「だって、人の寿命は五十年少々だろう? 勇者はとうに死んだ。だからハイナーもダレンも死んだと思っていたんだけれど」 「その通りです。祖父は……魔王討伐の後結婚して、しばらくして亡くなったと聞いています」  そう俺が語ると、リュートはすっと目を細めた。  そしてマグカップを見つめ、 「短いな」  と呟き茶を口にした。  確かに短い。子供の成長を見守ることもできなかったのだから。 「それで、あの、リュートさんにお聞きしたいことがありまして」  そう切り出したのはサーシャだった。  するとリュートは彼の方を見て、にっと笑った。 「見たところこの辺の者ではないね。ダレンと同じ肌の色だし……リデューだっけ。そっちの方の人?」 「あ、はい。その通りです。俺の……死んだ友がダレンの孫でした」 「あぁ、戦争があったんだっけ。愚かなものだね。僕たちが魔王を倒してモンスターが消えたと思ったら、人同士で争いを始めるんだもの」  淡々と、リュートが告げる。  彼にとって、人同士の争いはそのように映るのか。  人類の敵は魔王だった。  けれどその敵がいなくなれば、他国へと目がいってしまう。  仕方のない事なのだろうが、虚しいものだと感じる。 「えぇ、それで……ハイナーさんが、治癒魔法……どんな傷も病気も癒す魔法を使えたという話の真相を探っていて」  言いながら、サーシャがわずかに腰を浮かせる。  すると、リュートの視線が一瞬こちらを向いた。  何かを確かめるかのように。  俺は思わず視線をそらしてしまう。  リュートは真実を知っているのだろうな。  そう直感した。  だからすぐに否定をしなかった。 「そんな都合のいい魔法、存在しないよ」  淡々と答える声がする。 「回復魔法は使えたよ。僕たちはそれにとても助けられた。でも治癒魔法なんていうものは使っていなかったと思うけど」  その回答を聞き、俺は内心ほっとした。  よかった。  ここで真実を明かされたくはない。俺はサーシャに伝えるべきか決めかねているから。 「そう、ですか……」  残念そうな、悲しみをはらんだサーシャの声に心が痛くなる。  居心地の悪さを感じながら、俺はマグカップのお茶をぐい、と飲んだ。  何のお茶かはわからないが、少し変わった味がする。  なんだっけ、ハーブティーと呼ばれるものかな。 「えぇ。ハイナーは素晴らしい使い手でしたよ。みるみる傷が治って、最初見たときは驚きました」  それは治癒魔法だ。  回復魔法ではそんなに早く傷は治らないから。  やはりリュートは真実を知っている。それでいて黙っていてくれている。意図はわからないが、俺にとっては都合が良かった。 「……そうなんですね、ありがとうございます」  その、サーシャの声は、さっきとは変わってなんだか明るかった。  俺は驚き、隣に座るサーシャの顔を見る。  なんだか吹っ切れたような顔をしている。  自分の中で決着がついたのだろうか。 「貴方にお会いできてよかったです。貴方が言うのならそう、ですよね。やはりあれは伝説だった……」  そう消え入るような声で言い、サーシャは下を俯き目元に手をやった。  ショックを受けているのか……  どうする、こんな時の癒し方なんて、俺は知らない。 「サーシャ……」  そう名前を呼び俺はそっと、彼の膝に手を置いた。 「あぁ、うん、大丈夫ですよ」  そう答えてサーシャはこちらを向く。  少し目が赤いし涙ぐんで見える。  そんなにショックだったのか……  それはそうか。  治癒魔法を探すのが、彼の生きる目的になっていたのだから。 「あぁ、そうだ。来たついでに頼まれごとしてくれないか?」  リュートが言い、衣擦れの音が響く。  彼は立ち上がり、キッチンの方へと向かっていく。  いったいなんだろうか。  そう思って彼の動向を見つめていると、リュートは紙袋を持ってこちらにやってきた。 「これを、サルコさん宅へアベルと一緒に届けに行って来てほしいんだ。彼の所に行くといつもたくさんの土産を貰うから、アベルだけでは大変で」 「え? 俺と一緒に?」  驚いたのはアベルだった。  彼は立ち上がり、目を大きく開けてリュートを見ている。 「確かに、いつも野菜とかたくさんもらって、運ぶのに苦労しますけど……」 「あぁ。いつものお茶を届けるのを忘れていたから。一緒に行って来てくれ」 「わかりました」  サーシャが言い、クロハが入ったバッグを肩にかけて立ち上がる。 「はぁ……わかりました」  アベルは納得できない、といった様子で言い、リュートから紙袋を受け取った。

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