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第29話 リュートとふたりきりで
これは……俺とふたりきりになる口実だろう。
そう気がついたが、何も言わず俺はサーシャの方を見る。
彼はこちらを向き、微笑み手を振る。
「それじゃあ、行ってきます」
「あ……えぇ、いってらっしゃい」
そう言いつつ、俺も手を振り返す。
ふたりが去り、静かな室内でリュートはすっと目を細め、俺を見つめた。
「さて、ハイナーの孫。君はなぜ、治癒魔法のことを彼に隠しているんだい?」
そうリュートはにこやかに笑って言っているのが、それが逆におそろしく見えた。
リュートの問に、俺は膝の上で手を握りしめる。
緊張のせいか、手の中で汗をかいているような気がした。
彼の目が、俺を射るように感じ背筋がすっと寒くなる。このエルフは何もかもご存じか。それでいて、あの場で黙っていた。
俺は、覚悟を決めて重い口を開いた。
「あの魔法は、滅ぶべきだからです。術師の命を削る魔法など、あってはならないものですから」
「祖先は皆、早くに死んだとハイナーが言っていたな。僕たちも最初知らなかったよ。僕も魔法使いだから回復魔法の事は知っている。だけど――」
と言い、リュートはすっと目を細めて足を組んだ。
「彼が使う魔法は、明らかに回復魔法とは違うものだった。どんな大きな傷も塞ぐ回復魔法なんて聞いたことがない。治癒魔法は伝承だと思っていた。なのに、実在することを知った時、僕は震えたよ。しかも人間が使えるなんてねえ」
リュートは恍惚とした顔をして、目を細めた。
エルフは魔法にたけた種族だと聞く。なのにエルフの中でもあの魔法は伝説の中のものだったのか。
いったい祖先はどういう理由であの魔法を使えるようになったのか。
「魔王を倒して帰る時、僕たちは真実を告げられた。その魔法の代償が命を削るものだって」
そう言ったリュートの表情は、打って変わって悲しげに見えた。
「魔法を、僕に教えてくれたらよかったのにね。そうすればハイナーは、自分の命を犠牲にして魔法を使うことはなかったのに」
と言い、リュートは息をつく。
「それは……無理だったのでしょう。回復魔法と同じで、治癒魔法も素質が必要なようなので。だから僕らの一族しか使えないみたいです」
「あぁ、そうらしいね。残念だよ」
残念、か。
長い寿命を持つエルフが治癒魔法を使えたら……世界はどうなっただろう。
俺は……こんな秘密を抱えなくて済んだんだろうか。
祖父も、父もあんなに早く死ななくて済んだだろうに。
いや、もしものことを考えても仕方ない。そう思い、俺はマグカップのお茶を飲んだ。
少し冷めてきたお茶。それでもまだおいしく感じる。
「術はお前で滅びるのか。勿体ないな」
心底残念そうにリュートが言った。
残念。
命を削る魔法が消えゆくのが残念か。
エルフからしたら数年の寿命など、瞬きしている間の出来事にすぎないのだろうな。
「人間にとって、数年の寿命だって惜しいですから」
「あぁ、理解はしているよ。あの子たちと旅をしたのは五年ほどだったと思うけれど、少年だった彼らはあっという間に成長して、頼もしい大人になっていった」
リュートは懐かしそうに目を細めた。
祖父が魔王を倒す旅に出たのは十代の頃か。
帰って来たときには二十を超えていたわけだから、ずいぶんと変わっただろうな。
「僕だけが変わらなかった。そして今も変わらずにここに存在し続けている。まさかハイナーの孫に会うとは思わなかったよ。あの子やダレンは、生きたあかしを確かに残したんだね」
今度は穏やかな顔になり、リュートは言った。
「君はその血を残さないの?」
「それは……」
思わず俺は言い淀む。
結婚なんてしないはずだった。だけど俺がオメガだと判明した今、その決意は揺らいでいる。
俺の未来を考える時、どうしてもサーシャの顔が浮かんでしまうからだ。
「君からはアベルと同じ匂いがする。君はオメガってやつなんじゃないのか?」
図星を突かれ、俺は思わずびくっと震えた。
匂いがわかるのか……
エルフは人よりも鼻がいいのか? それとも……エルフにもオメガバースがあるのか? 調べた資料にはそんな話、なかったと思う。
じっとリュートを見つめると、彼は首を横に振り笑って言った。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。エルフにはオメガとか存在しないし。アベルはね、オメガだったから家族に疎まれて、貴族に売られそうになったところを逃げてきたんだ。その時にいろいろと調べたけど……オメガにはよくある事らしいね」
人身売買が、今でも平然に行われている、と思うと反吐が出る。
法律で禁止されていないのか?
俺がいた国では表向き、禁止されていたはずだけど。
「人身売買は禁止されているが、どうやらオメガ、という人間には適用されないらしい。人々もオメガバースについてイマイチわかっていなかったりするからね。未知で恐ろしいものなんだろうな」
「恐ろしいもの……」
そうか、オメガの発情を見たらそう思うのも無理はないか。
以前会った、オメガである少年の発情を思い出し、ひとり納得する。
「だからそんなおかしな病気を持つ者は怖い存在だし、そんな子供を金で買う、と言われたら差し出すんだろうねぇ……ほんと、人間は罪深い」
リュートはソファーに背を預け、喉を鳴らして笑う。
虫唾が走る話だが、現実だし何も言い返せなかった。
「てっきり、あの騎士は君の番なのかと思ったけど、どこかよそよそしさがある。さっさと番になって子供を残せばいいじゃないか。君が魔法を教えなければ、その魔法は絶えるんじゃないの?」
「いつの間にか、知るんですよ。俺たちの一族はある日突然、その力が目覚めるんです」
だから子供を産む、というのは自動的にこの魔法を継承させることになる。
俺は結婚などしないだろうと高をくくっていたのに。
このままだと俺は……この「呪い」を、受け継がせることになってしまう。
「俺は、終わらせたいんですよ。この力を俺の代で」
「無理じゃないの? だってどう見ても君たち、惹かれあってるもの」
容赦のないリュートの言葉が、切れ味のいいナイフのように深く突き刺さった。
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