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第30話 知りたいこと

 俺とサーシャが惹かれあっている。  他人から突き付けられた現実は、どうにも重い。  オメガとアルファだから?  それとも別の理由?  俺を守ると誓うサーシャに、俺は少なからず好意を抱いている。  けれど……番、になるといったら別だ。 「そうかもしれませんが……それは今答えを出すものではないので」  極力平静に答えたものの、俺の心はかき乱されていた。  まるで胸の奥で蛇がのた打ち回っているような、そんな感覚に襲われる。 「あぁ、そうなの。僕としても知りたいんだけどなぁ。その血の秘密。オメガバースもなかなか不思議なものだけど、君らの一族だけが受け継ぐ治癒魔法も興味深い。ねえ、少し調べさせてよ」  目を輝かせて、文字通り前のめりになるリュートに内心ひいてしまう。  だが、言いたいこともわかる。  俺だって色々と知りたいからだ。 「……貴方がもっているオメガバースの情報を教えてくださるのなら」  と、内心ひきつつ答えると、彼は嬉しそうに頷いた。  サーシャが戻るまでに俺はリュートに血を抜かれ、先祖や魔法について話す羽目になった。  俺がリュートから得られた情報は少なかった。 「アルファっていうのは貴族や王族に多いらいけど、オメガは庶民に多いみたいで。昔から攫って娶るのが当たり前だったらしいよ」  というなんとも気分が悪くなる話が多かった。 「月狼がその祖先じゃないかって話があるねぇ。ソリトスっていう国ではそういう研究がされているって」 「ソリトス……」  大陸で最大の皇国だ。  やはり大きな国が一番研究が進んでいるんだろうか。 「動物には発情期があるからねぇ。オメガバースの祖先は月狼で、だから力も知恵も普通の人よりも高く、アルファは執着心が強いんじゃないかって」 「サーシャも話していましたね。月狼の伝承を」  獣が先祖と言う話は納得のいく話だった。  執着心が強いのもそう言う理由なのだろうか。 「君はオメガなんでしょ? なんでそんなこと知りたいの」 「それは……俺は、最近までオメガであると知りませんでした。そんな俺に執着してくるアルファがいて。なぜそんなことになっているのか知りたいから」 「あぁ、そういうことなの。アルファは執着心が強いらしいからねえ。なんで嫌なの?」 「え?」  リュートが不思議そうな顔をして俺を見つめている。  なんで、もなにもないだろうに。 「俺はそのアルファが嫌いだからです」 「へえ、オメガってアルファなら誰でもいいのかと思ったけれど、違うんだ」  と言い、興味深そうに笑う。  そんなわけないだろう。  人には感情があるのだから。  それとも。 「オメガやアルファは感情よりも本能で動くってこと、ですか?」  俺の問いかけに、リュートはゆっくりと頷く。 「そういう事みたいだねぇ。だから、オメガはアルファから逃げられないし、アルファはオメガに囚われる。だって、生物の基本は生殖だろ? 種を残すには当然の話だよね」  ノエルが俺に執着していたのは……本能で俺がオメガと見抜いていたから?  だけど俺は、オメガとして目覚めていなかったから、彼を拒絶した。  もし今、ノエルと対峙したら……考えるだけで恐ろしい。  まだ何もわからなかった時でさえ、俺はノエルの匂いに抵抗できなかったのだから。  帰れないな。あの町には。  そんな諦めが、俺の中で広がっていった。 「深刻な顔をして。僕にはわからない話だよ。アルファはオメガを大事にするんだろ? なんで嫌がるんだい」 「そういう問題じゃ、ないからです。俺はそのアルファに惹かれてはいない、から」  本能的な恐怖からか、とぎれとぎれに俺は答えた。  「へぇ、それも興味深い話だ。アベルもアルファと近づくのを恐れていたけれど、あのサーシャって子がアルファだとは気が付いていないようだし。君たちは面白いね」  リュートは笑いを含んだ声で言い、すっと目を細めた。  その時、バタバタ、という音が玄関の方から響いた。 「ただいま戻りました」 「ほんとうに、すごい量の野菜をいただいてきました」  アベルの声に続き、サーシャの声が聞こえてくる。  俺はばっと、彼の方を振り返るとパンパンになった布袋を抱えたふたりの姿があった。  たしかにこれでは、ひとりで運ぶのは無理だろうな。 「今日もたくさんもらってきたね」 「お茶のお礼には多すぎるんですよねー」  と言いながら、アベルはキッチンの方に布袋を運んでいく。  サーシャもそれに従い、布袋を置いた後こちらに戻ってきて言った。 「話、聞けましたか?」 「あ。えぇ」  思わず俺は、下を向きながら答えてしまう。  これでは何かあったと言っているのと同じなのに。  どうも俺は嘘をつくのが苦手だ。 「僕としても興味深かったよ。ハイナーの事を話せて楽しかった。せっかくだし、今夜、ここで夕食を食べて行かないか? しばらく滞在するのなら、僕の奈落探索を手伝ってほしいんだけど」  そう、リュートがまくしたてる。  サーシャは俺の方を見て、小さく首を傾げた。 「俺は構いませんよ。急ぐ旅ではないですし。まだ調べたいことがありますから」 「そうですか。奈落は興味があるし、少し金を稼ぎたいのでしばらく滞在しましょうか」 「えぇ、それでいいですよ」  そう俺が答えるとリュートが手を叩き、嬉しそうな声を上げた。 「やった。じゃあさっそく明日よろしくね。生きていくには金がかかる。金を稼ぐには奈落に行くのが手っ取り早いからねえ」  と言い、サーシャに向かって明日の朝、この屋敷の前に来るよう伝えた。  翌日からサーシャはクロハを連れて、リュートと共に奈落へと潜るため旅立ってしまった。  その奈落には危険なモンスターが多く出ると聞くが、大丈夫だろうか。  わずかな不安を抱えて待つのは嫌なので、俺は町に出てオメガバースや勇者の伝承について情報を集めることにした。  図書館に足を運び、冒険者たちや町の人から話を聞く。 「勇者かぁ。懐かしいねぇ」  と語る老人の姿がいくつかあった。  五十年前というとずいぶん昔のことのように思うが、こうして生きている者がいることに驚かされる。 「金髪の、美しい騎士様だった」  商店の年寄りたちから勇者の話はまるでおとぎ話のようだった。 「大きなモンスターをあっという間に倒したってねぇ」 「あぁそうだ、ドラゴンを手なずけたとか」 「病気をみるみるなおしたって話もあったねぇ」  いったいどこまでが本当なのかわからないが、誰もが勇者たちをほめたたえていた。  祖父は……短い人生だったけど亡くなってからもずっと伝承が残り続けるのか。  そう思うと妙な気分だった。  短い命だったのに、祖父はあの魔法を使うことに、後悔はなかったのだろうか。  いい人過ぎるだろう。そんな事を考えてながら僕は日々をすごしていた。

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