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第31話 事故
サーシャたちが奈落に潜るようになって一週間が過ぎた。
このところ雨が続き、今も灰色の雲が空を覆っている。
何もなく過ぎればいいと思っていた俺の元に、アベルが飛び込んできた。
「カミルさん、大変です!」
宿の、俺の前に現れるなりアベルは必死な顔で俺の所に走ってきて言った。
「あの、奈落につながる道で事故があって……がけ崩れが。それで……」
そこでアベルは言葉を詰まらせてしまう。
あぁ、だから外が騒がしいのか。
……いや、サーシャが今日も奈落に行っているはずだ。
今、夕暮れ前。
奈落は夜、強いモンスターが多く出るようになるため、冒険者の多くは夕暮れ前に奈落を出る。
そのことを思いだし、俺の背中に嫌な汗が流れる。
俺は気持ちを落ち着かせようと、大きく息を吸う。
アベルは、今にも泣きそうな顔をして言った。
「ちょうど、奈落から帰ってくる冒険者が多くてそれで巻き込まれた人が多いみたいで……けが人も多くて……」
「わかった、すぐに行くよ」
「あ……お、お願いします。医術師が足りなくて。それに、あの、サーシャさんの姿がまだ……」
その言葉を聞いて、俺の心臓が強靭に鷲掴みにされるような感覚を覚えた。
準備をして宿を出ると、人々ががけ崩れの事を口々に話していた。
「このところ雨が続いていたから……」
「地鳴りがあったって話もあったな」
などと、言いあっている。
雨、地鳴り。がけ崩れの予兆はあったという事か。
「カミルさん、こちらです!」
アベルが待たせていた馬車に乗ると、すぐに馬車は走りだした。
サーシャ……
彼の笑顔が脳裏に浮かび、ここ頃が締め付けられる。
『貴方を守りますから』
そう言っていたのだから……必ず俺の元に生きて帰って来るだろ?
そう祈りつつ、俺は馬車の客席から外を眺めた。
がけ崩れがあった場所に着くと、たくさんの兵士が集まり、救助作業を行っていた。
道の隅にはテントが張られ、救助されたけが人が運びこまれていくのが見える。
見回した限り、サーシャの姿は見つからなかった。
かわりにリュートが、がけ崩れがあった現場に立ち、魔法で土をどかしているのが見える。
サーシャを捜したい衝動を抑え、俺は責任者と思われる騎士に声をかけた。
「すみません、俺は医術師です。けが人がいるとうかがいましたが」
金髪の、白い鎧をまとった騎士は、驚きの顔を見せると頭を下げて言った。
「ありがとうございます。けが人はあちらに集めていますのでよろしくお願いします!」
と言い、彼はテントがある方を指差した。
「重傷者はテントの中に……手遅れの者は、あちらのテントに運んでいます。テントの周りにいるのは軽傷の者たちです」
あぁ、怪我の程度で分けているのか。
手遅れ、ということは死者が出たのか……
俺は重傷者がいる、というテントへと向かった。
そのテントの周りには軽傷者が多くいて、看護師たちから手当てを受けている。
ずいぶんと数が多い。
俺は覚悟を決めて重傷者のいるテントの中に入った。
すると、血の匂いが充満し、必死に仲間を呼ぶ声が響いていた。
布だけを敷いた上に、血まみれの人々が横たわっている。
意識がない者も多いようだ。
「ジェラール! ジェラール!」
「サラ、なんでかばったんだよ!」
という、悲痛な叫びが聞こえてくる。
医術師がひとりいる様で、手当てをしているが……回復魔法では間に合わないだろうな。
ここに運ばれている、ということはまだ息があるはずだ。
どうする、カミル。
治癒魔法を使えば全員助けることができるだろう。
けれど……それは俺の死が近づく、ということだ。
だが……放っておいたら彼らの多くは死ぬ。
俺は目を閉じ、大きく息を吐くとばっと目を開き、辺りを見回して、一番重傷と思われる者に近づいた。
重傷者は十人ほどか。まだ救助作業が続いているようだから増えるかもしれない。
俺はまず、けがの手当てをしている若い医術師に声をかけた。
「すみません」
「あ……貴方は?」
赤い髪の医術師は、驚いた顔で俺を見る。
それはそうだろうな、知らない奴でしかないだろうから。
「俺は医術師のカミルと申します。医術師が足りないと言われ、呼ばれてきました。重傷者は俺が見るので、外の軽傷者をお願いできますか?」
「え? あ、でも……」
不安な面持ちで、彼はけが人と俺を交互に見やる。
彼にもわかるだろうな。今、ここにいる者の多くは、回復魔法では助からないと。
だからといって放っては置けない、と思っているのだろうな。
とりあえず医学知識がある彼がここにいては、俺は魔法を使えない。使いたくない。
「お願いします。助かる命を優先に助けてください」
そもそも彼はまだ経験が浅いだろう。できればこんな重傷者を見たくはないんじゃないだろうか。
そこを突いての申し出だったがどうなるか。
若い医術師は、苦しげな顔をした後、深く頭を下げた。
「俺では経験浅くて……すみません、お願いします」
そう深く頭を下げて、彼はテントを後にした。
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