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第34話 療養期間
サーシャはかいがいしく俺を世話してくれた。
食事を運んで来たり、身体を動かすのを手伝ってくれたり。
がけ崩れの時、何があったのかは聞けなかった。
彼は死にかけているし、トラウマになっていたらと思うと何も口にできなかった。
「俺はもともと山育ちで、がけ崩れは時々あるんですよね。特に雨の多い時期は」
俺が目覚めて三日目。
夕食を運んできたサーシャが、ぽつぽつと話しだした。
サーシャが生まれ育った旧リデューは山の中にあるんだった。
俺がいた町も山の中だが、あんながけ崩れは見たことがない。
「がけ崩れの前って前兆があるんですよ。音がしたり、小石が落ちてきたり。気がついたときには遅かった」
と言い、サーシャは俯く。
「三人が亡くなったそうです。けが人は二十人くらい」
三人で済んでよかった、と言っていいのか。
何も言えず俺は黙ってサーシャの話を聞いた。
「俺はあっという間に土砂や岩に埋まってしまって……夢の中に死んだ仲間が出てきたんですよね」
「死んだ仲間?」
「はい、あの……俺に治癒魔法のことを教えてくれた人物です」
そう言って、サーシャは寂しげに笑う。
「俺があいつの所に行こうとしたら、まだこっちに来るなって言うんですよ。おいていかないでくれって言ったのに。そうしたら……」
サーシャは俺の顔を見る。
「貴方が俺を呼んでいる声がして。それで気がついたらカミルさんがいました」
それは、死後の世界というやつだろうか。
詳しくは知らないが、死にかけた人間が息を吹き返すと、死んだ人間にこっちにくるな、と言われることがあると聞いたことがある。
「そのまま行っていたら二度と会えなかったかもしれませんね」
そんな俺の言葉に、サーシャは大きく頷く。
「そうですね。貴方には助けられてばかりだ」
「そんなこと……」
ない、と言いかけて口を閉ざす。
助けたのは事実か。
あの魔法を使って命を救ったのは初めてだからどう反応したらいいのかわからず、戸惑ってしまう。
「助けてもらった人たちが貴方に礼をしたいと言っていたんですけど、まだ回復してないからと断ってます」
「礼なんていらないですよ。俺は……医術師ですから。普通のことです」
普通のこと。
自分で言っておいてその言葉が突き刺さる。
全然普通ではないのに。
「あはは、そうですね。そうかもしれませんが、カミルさんは十一人の命を救ってくれましたから」
そしてサーシャは微笑む。
確かにそうなんだろうが、なぜだろう、恥ずかしすぎる。
俺は、運んできてもらった食事に手を付ける。
パンにスープ。それにお茶とフルーツ。
まだあまり食欲がないため、肉や魚は食べていない。
「あぁ、そうだ。カミルさん。アベルさんの部屋には近づかないようにとのことです。一週間、俺は宿で寝泊まりしてほしいと言われてしまって」
サーシャが戸惑いの表情を見せた。
一週間。
その数字が何を意味するのかすぐに察し、俺は頷いた。
サーシャはわかっていないんだろうか。
「わかりました」
「あの……アベルさんから妙な匂いがして……気のせいかなと思ったんですけど。何か関係あるんでしょうか」
サーシャはオメガについて知識を得たはずなのに、アベルの匂いとオメガが結びつかないのだろう。
俺とは違う匂いなんだろうか。
「どんな匂いですか?」
「え? えーと……なんだろう、干した布団みたいな匂いでしょうか。いい匂いなんですけど……でも俺はあまり好きになれない匂いで」
干したばかりの布団は好きじゃないという事なのか。単にそれに似ているだけか?
本人もよくわかっていないようで、わけがわからない、といった様子で顔をしかめている。
「不思議、ですね」
というのが精いっぱいだった。
たぶん、アベルがオメガだと教えない方がいいだろう。発情期のオメガにアルファは逆らえないはずだから。
「なんかこれを飲めと薬も渡されました。怪我をしたから一週間は飲んだ方がいいと、リュートさんに言われたんですが」
薬?
発情したオメガに薬ならわかるが、アルファに飲ませる薬とはいったいなんだろうか。
あとでリュートに直接聞くか。
そう思い、俺はサーシャには何も言わなかった。
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