36 / 41

第36話 告白

 がけ崩れの事故から十日が経った。  俺の身体はだいぶ回復し、なんとか歩けるようになっていた。 「サーシャさん、そろそろここを出ませんか?」  朝、宿からやってきたサーシャに提案すると、なぜか不安げな表情になった。 「でも……カミルさん、身体は大丈夫なんですか?」 「大丈夫ですよ。サーシャさんは……後遺症とかないですか?」  俺の事より、サーシャの身体の方が心配だったが、彼は首を横にぶんぶん、と振る。 「大丈夫です。特に異常はないし……そもそも俺、どこを怪我、していたんですか?」  言いながら、彼は腕や足を見始める。  あぁそうか。  サーシャが運ばれてきたとき意識がなかったから、自分がどんな状態だったのか知らないのか。 「えーと……足……右足の骨折と、内臓損傷、肋骨の骨折」  思い出しながら言うと、サーシャは自分の腹を押さえて、 「な、内臓……? 肋骨?」  と、震えた声で言った。 「えぇ、ちょっといいですか?」  俺はベッドから立ち上がり、椅子に座るサーシャに近付く。  そして服の上から彼の腹に触れた。 「この中と、この辺りの骨、だったと思いますが」  触った感じ、違和感はない。  あの魔法、後遺症もなく治せるのか……  その代償を考えると複雑な気分だが。 「ちょ……カ、カ、カミルさん?」  恥ずかしげな声でサーシャが言う。  どうしたのかと思い彼の顔を見ると、真っ赤な顔をしていることに気が付く。 「……どうかしましたか?」  サーシャの腹に触れたまま、俺は不思議に思い問いかける。  サーシャの目がせわしなく動いている。 「そ、それは……あの、貴方に触られると……なんかこう……落ち着かない、というか……」  何を言いたいのか理解できず、俺は小さく首を傾げてサーシャから手を離した。 「落ち着かないって、どういうことですか?」  言いながら俺はベッドに腰かけ、サーシャを観察した。  相変わらず顔は赤い。  たしかに落ち着かない様子でせわしなく目が動いているし、足が震えているようにも見える。  本当に大丈夫なんだろうか?  じつは何かしらの後遺症でもあるのか? 「サーシャさん?」 「いえあの……カミルさん俺は……」  真っ赤な顔をして俺を見たかと思うと、何かを思い直したのかすぐ目をそらしてしまう。  彼は膝の上で手を組み、何やら考えこんでいるみたいだった。 「あの……カミルさんが目を覚まさなくて……ずっと心配で……不安で仕方なくって。俺は貴方を守るって言ったのに、貴方に助けてもらって」  ぽつぽつと、サーシャが語り始める。 「目が覚めないのに俺、何もできなくて……その……俺は……」  そしてサーシャはばっと顔を上げて俺を見た。  口を開いたかと思うと閉じてしまった彼の顔は、今にも火が噴きだしそうなほどに紅かった。  ……どうしたんだろう。 「サーシャさん?」 「なのに俺は、貴方が欲しくてたまらなくって。それはアルファだからなのか、何なのかよくわかんないんですけど……」  なんだか話が支離滅裂な気がするが、それだけ混乱しているのだろうか。 「そんな俺でも、一緒にいていいんですか?」 「大丈夫ですよ。貴方がいるから俺は旅に出ると決意できた。あのまま町にいたらきっと発情期を迎えてなすすべもなく、ノエルに囲い込まれていたでしょうから」  そう考えると出会い、というのは不思議なものだ。  俺が答えると、サーシャははっとしたような顔になる。 「そうか……それは絶対に嫌だな」  などと呟いている。  俺もそれは嫌だ。 「俺も嫌ですからね。国外まで追いかけてくることはないでしょうが……」  でもどうだろうか。あの執着心を見ると、不安になってしまう。  追いかけてくる心配があるのなら、その前に誰かと番になった方がいいのだろうか。  たしか、番になれば、他のアルファに囲い込まれることはないそうだから。  そう思い俺はサーシャを見る。  番になるということは、妊娠が付きまとう。それを考えると彼と番に、なんて決められなかった。  この血を絶やしたいと思っていたのに。  でも……治癒魔法があるからサーシャは今、俺の前にいる。  それを思うと俺の心は揺らいだ。 「俺、カミルさんがあんなひどい目に合うのは嫌です」  言いながら、彼は俺の両手をそっと握る。 「だから絶対に守ります。ノエルから……他の、アルファから」  それにはサーシャと番になるのが一番だが。  俺はそれを口にできなかった。  だって俺はまだ、覚悟ができないから。  俺は微笑み、その手を握り返す。 「ありがとうございます。サーシャさん」  するとサーシャは、切なげな眼をして唇を震わせ言った。 「カミル……さん」  視線が絡み、顔が近づく。  甘い……甘い匂いが俺たちを絡め取る。  心も……身体も。  一瞬悩んだものの俺はそのままじっと、それを待った。  唇が触れる。  ほんの一瞬、まるで割れ物に触れるかのように、優しく。  たったそれだけなのに、は胸の高鳴りを覚え、思わずふう、と息を吐いた。

ともだちにシェアしよう!