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第38話 サーシャの家
リュートたちと別れて一カ月。
俺たちは何事もなくリデューにたどり着いた。
正確には、旧リデュー。
ソリトス皇国に併合された為、名前は変わってしまっている。
「二年半ぶり、かな……」
入国した時、懐かしさと寂しさの入り混じったような声でサーシャが言い、辺りを見回した。
サーシャと同じような、褐色の肌や黒い髪の人たちの姿が目立つ。
旧リデューに入り、俺たちはサーシャが住んでいた町を目指す。
数日をかけて着いた先、山間ののどかな町がルーミア。そこがサーシャが育ったところだった。
「俺が住んでいた家はそのままになってます。両親はいなくて今はだれも住んでいないんですが。近所の人に管理をお願いしていて。帰ることは伝えてあるので、すぐ使えるかと思いますが」
ユリシール王国をたつ時に、サーシャは手紙を出していたと思い出す。
近所の人に挨拶をして鍵を受け取り、サーシャと共に彼の家に向かう。
住宅街の一画。
紺色の屋根の家が、ひっそりと建っていた。
庭に花が咲いていて、手入れされていることがうかがい知れる。
馬を納屋に繋ぎ、俺たちはサーシャの家に入った。
二階建の、よくある一軒家。
掃除されていて、二年以上誰も住んでいなかった風には見えない。
「ただいま」
誰もいない家に向かってサーシャが言い、荷物をリビングにおろす。
「とりあえず俺の部屋は二階にあって、俺はそこを使います。部屋の様子を確認してくるので、カミルさんはそこで座っていてください。あ、先にお茶を淹れますね。久しぶりだから、全部使えるといいんですけど」
サーシャがばたばたとキッチンに向かっていく。
どうしよう。
俺も家事くらいはできるのだが……家事魔法という、便利な魔法を使えるし。
「俺、やりますよ。お茶くらい淹れられますから」
言いながら俺はサーシャに近付く。
すると、彼は手元と俺を交互に見た後、小さく頭を下げて微笑んだ。
「す、すみません。お願いします」
サーシャはコンロに火をつけて去っていく。
俺はやかんに水をくみ、用意されていたティーポットに茶葉を入れた。
茶葉はリュートから貰った物だ。
「探検してくる!」
クロハのそんな声が聞こえたかと思うとバタバタ、と足音が続いた。
新しいところで興奮しているのだろうか。
俺は湯が沸くのを待ちながら部屋の中を見回す。
さほど広いわけじゃないリビングとキッチン。
アルファは貴族に多いと聞くが、ただの平民にもいるのかと驚く。
それほど変わったところのない、ごく普通の家だった。
ここでサーシャは育ったのか。
だから余計にアルファっぽさがないのかもしれない。
しばらくこの家で過ごす予定だ。期間は決めていないが。
――まるで新婚だな。
そんな言葉が脳裏をよぎり、俺はその想いを打ち消すようにぶんぶん、と首を横に振った。
ちょうどお茶を淹れたとき、サーシャとクロハが戻ってきた。
「ありがとうございます」
俺にそう微笑むサーシャの足もとで、クロハが激しく尻尾を振っている。
「部屋いっぱいあった!」
「そうでもないと思うけど、普通の家だよ」
言いながら、サーシャは食器棚に近づき深めの皿を出す。
それをざっと洗った後、水をためて床の上に置いた。
「クロハにもお水」
するとクロハは、嬉しそうに口を近づけてぴちゃぴちゃと水を飲む。
俺たちもソファーに並んで腰かけて、お茶をいただいた。
リュートの元をたつ時、いくつかのハーブティーを貰った。
ローズマリーとかレモングラスとか言うらしいが、俺は詳しく知らないので名前がいまいち覚えられなかった。
ユリシールでは普通に飲まれているお茶らしい。
少し爽やかな味わいのお茶の味が、舌にひろがる。
リュートは、このお茶は気持ちを落ち着かせるとか言っていたが、本当だろうか。
「とりあえず家具は大丈夫なようなので、一階の客間を使ってください。風呂も何とか使えるみたいです」
「ちゃんと手入れ、されていたんですね」
それだけ近所の人がしてくれるとは。よほどいい関係が築けていたのだろう。
「皆、俺が子供の頃から知っている人たちなので。俺が戦場に行っている間も、家の事見ていてくれて」
そう言って、彼は微笑む。
「四年以上、経つんだな……」
そう呟き、サーシャはお茶をゆっくりと飲んだ。
「ここには……戻らないものだと、思っていました」
言ったあと、彼は寂しげに笑いこちらを見た。
「なぜ……ですか?」
「漠然と、どこかで死ぬんだろうなぁ、って思っていたからかもしれません。治癒魔法を探す。といっても、あてのない旅でしたからね。カミルさんに会って、リュートさんにも話を聞いて。そこで俺は諦めがついて。考えたら俺が帰る場所は、ここしかないんですよね」
そう言った後、サーシャは小さく息をつく。
「貴方が一緒でよかった。じゃなかったら俺は、何を糧に生きたらいいのかわからなくなっていたから」
「サーシャ……」
サーシャにとって、治癒魔法を探すことが生きる希望だった。初めて会った時の必死な様子を見れば誰だってわかる話だ。
でも、その希望を俺とリュートで断ってしまった。
それは正しかったのか。
俺の心の中でわずかに生まれる罪悪感。
俺はどんな顔をしていいのかわからず、目が泳いでしまった。
「カミルさんは、調べ物をするんですよね。俺は……とりあえず仕事を探そうと思います」
「……ここに、しばらくいるつもりなんですか?」
その質問も変だなと思いながら、思わず問いかけてしまう。
そもそもここは、彼が帰るべき彼の家なのだから。
俺の問に、サーシャは頷く。
「そうですね……特にしたいことはないですし。しばらくはここにいます。他の奈落も見て見たい気はしますけど」
奈落は大陸に五か所あるという。
そこをめぐるのを目標にするのもいいかもしれない。
死と、隣りあわせではあるけれど。
「そうですか」
「あぁでも、カミルさんが旅に出るのなら俺も一緒に行きますよ。守るって誓いましたし」
慌てた様子で言い、彼は俺の様子を伺うようにじっと、俺を見つめた。
ノエルがこんな離れた国まで追いかけてくるとは思えないが……
どうするか。
オメガバースについて調べたい、という建前はある。けれどノエルから遠く離れた今、俺の目的もなくなろうとしている。
少し悩み、俺はカップを握りしめて答えた。
「そうですね……俺自身、ノエルから逃げるのが一番の目的でしたし。ここまで離れれば、追ってくることもないでしょう。俺は医術師ですからいくらでも仕事は見つけられると思いますのでサーシャさん」
まっすぐに俺はサーシャを見つめ、言った。
「一緒に暮らしても大丈夫ですか?」
するとサーシャはぼん、と顔を真っ赤にして、目を泳がせたあと大きく頷く。
「も、も、も、もちろんです!」
妙に上ずった声で答える姿がなんだかおかしくて、俺は思わず口もとに手を当てて笑う。
サーシャはまっすぐで、表裏がなくて素直で……いい男だな。
俺が笑ったのが気になったのか、サーシャは口をぱくぱくさせた後、俯いてしまう。
別にからかったわけではないのだが、なんだかちょっと悪い気がしてきた。
「すみません、笑ってしまって……その、ちょっとおかしかったから」
「う、あ……そ、そう、ですよね。すみません、俺……嬉しくてその……」
「一緒に暮らすだけですよ?」
「そうなんですけど……」
そもそもいままでずっとふたりで旅をしてきて同室で寝たりしてきたのに。
何でそんなに嬉しいのだろうか。
「水仕事でしたら魔法である程度できますし、なので家事は俺もやりますから。分担もちゃんと考えましょう」
「は、はい、そ、そうですね」
恥ずかしげに頷き、サーシャは正面を向くとカップのお茶を勢いよく飲んだ。
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