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02.体力テスト
まだ春だと言うのに、いつもより気温が高くよく晴れたある日。
男子生徒がひしめき合う更衣室はとても騒がしく、心なしか汗の匂いが鼻についた。
「体力テスト面倒くさ〜」
もそもそと体操服のジャージに着替えながら、蓮の友人――遼太郎 が気だるげに文句を言う。
「とか言ってお前本気出すだろ」
「まぁね」
やや呆れたような蓮の言葉に、遼太郎は先程とはうってかわって明るい笑顔を見せた。
そんな二人の傍らを、先にジャージに着替え終えた叶多が通り過ぎていく。
それを何気なしに目で追っていた友人が、呟くように蓮に話しかける。
「牧ちゃんってさ、運動もできんのかなぁ」
「知らん。興味ねぇ」
間髪をいれずにぴしゃりと言い切った蓮に、遼太郎は驚いたように眉を上げた。
「ちょっと、冷たすぎん?」
遼太郎の言葉に答えることなく、会話を打ち切るように蓮は黙ってジャージのチャックを引き上げた。
――
体力テストはグラウンド、体育館にそれぞれ設けられた種目をペアで回って互いに測定値を記録していく流れになっている。
蓮はペアのクラスメイトと共に、グラウンドへと向かった。
太陽が照りつけるそこでは、50m走や立ち幅跳び等の種目の測定が出来るようだった。
蓮がグラウンドをなんとなく眺めていると、不意に聞き慣れた声が耳に飛び込んでくる。
「牧ー! お前どこに投げてんだ!」
「ごめーん!」
目を向けると、ちょうどハンドボール投げの測定を叶多が行っている所だった。
片手でボールを構え、叶多が大きく振りかぶる。ボールは高く飛び上がりこそするものの距離は伸びず、何故か彼が投げた向きとは異なる方向でバウンドし、転がっていく。
「下手……」
その様子を見ていた蓮の口から、思わずそんな言葉が溢れた。
叶多にふざけている様子は見られない。笑みは浮かべているものの眉は困ったように下がっていて、真面目にやった結果があれなのだろうかと思案する。
蓮の隣で同じようにその光景を見ていたペアのクラスメイトが、面白そうに目を細めた。
「今年も絶好調だな、牧ちゃん」
「あれ絶好調っていうのか?」
クラスメイトの表現に、蓮は訝しげに首を捻る。
それを気に留めることなく、クラスメイトの彼は「俺、去年も牧ちゃんと同じクラスでさ」と話を続けた。
「牧ちゃん、あぁ見えて運動できないの。去年も面白いくらい見事なノーコンっぷりだったんだよ」
「へぇ……」
――正直、意外だと思った。完全無欠な優等生ではなかったのか。
無意識に、視線が彼の方に向く。立ち幅跳びの砂場で、着地した叶多がバランスを崩して手をついていた。苦笑いを浮かべて立ち上がり、手についた砂を払い落としている。
黙り込んだ蓮を不思議に思ったクラスメイトが、窺うようにそっと声をかけた。
「小野田?」
その声にはっと我にかえった蓮は、取り繕うように何でもない、と呟いた。
――
体育館中に、シューズと床の擦れる高い音が幾重も響き渡る。
蓮と合流した遼太郎は、いつの間にかジャージの上着を脱いで半袖姿になっていた。更衣室で面倒くさそうにしていたのが嘘のように、彼は額にうっすらと汗を浮かべていた。
「おれ、シャトルラン最後まで残ろっかな!」
「死ぬぞ」
遼太郎はすっかり気合いが入っているようで、嗜める蓮の声も無視して更に袖を捲り上げた。
やがて、教師がホイッスルの音を響かせる。
指示に従い、体育館の端に生徒たちの半数が並ぶ。スピーカーから無機質なアナウンスが流れ、開始の電子音が鳴った。それと共に生徒は反対側の端まで走り、制限時間を示す電子音が再度流れる。
それを体力の限界を迎えるか、時間内に端まで辿り着けなくなるまで繰り返し、ペアの人間が走った人間のその回数をカウントする。
蓮は半分の生徒が脱落するまで走っていたが、息が切れ始めた頃に潔く諦めた。
「小野田、もう少し走れるくない?」
「いや無理だって」
ペアのクラスメイトがそう言うが、蓮は座り込み服の裾で汗を拭う。
やがて前半の部が終了し、走る人とカウントする人を入れ替えて後半の部が始まる。
体育館の壁に背を預けながら、蓮はペアの彼が走るのを指折りながら見ていた。
「疲れたー!」
後半の部も滞りなく進み、体力を使い果たして床に倒れ込む生徒が増えてくる。
蓮のペアの相手も頑張って粘ってはいたが、男子生徒の平均値を超えた辺りでリタイアしていた。
最後の一人となった生徒が周囲の注目を集める中、蓮の隣に汗だくの遼太郎がやってくる。
「最後まで残るって言ってなかったっけ」
「シャトルラン頑張れる体力が残ってなかった……」
「本気出しすぎだろ」
「そりゃあね。数はでかければでかいほど良いっしょ!」
「テストの点は?」
「蓮に言われたくなーい」
蓮と遼太郎が雑談している間に、最後の生徒も走り終えシャトルランが終了する。
教師が軽く話をし終えたタイミングで、授業終了のチャイムが鳴った。
疲労や空腹を口にしながら生徒たちが一斉に体育館を出ていこうとするため、出入り口は人でごった返していた。
その波が落ち着くのを待とうと振り返った蓮は、少し離れた所で座り込んでいる人物を見つけて僅かに瞠目する。
(牧ちゃん……か?)
体育座りで立てた膝に顔を埋めてはいるが、格好や雰囲気からするにそれは叶多で間違いなかった。
体調でも悪いのかと、蓮は静かに彼に近寄って様子を見る。肩の上下の動きが大きく、息も絶え絶えのようだ。
しかし叶多は蓮の存在に気付いていないのか、そばに立っているというのにこれと言った反応を見せない。
少しだけ迷って、蓮は声をかけることにした。
「牧ちゃん生きてるー?」
「うるせぇ……」
くぐもって聞こえてきたのは、低い声。不機嫌なのが声音だけでもありありと伝わってくる。
初めて聞く叶多のその声に、蓮は思わず息を呑んだ。
――今のは、牧ちゃんか?
おもむろに叶多がぱっと顔を上げ、驚いた表情で立ち尽くす蓮と目が合った。
「あ、いや」
そこにいつもの笑顔は無く、動揺しているのだろうか気まずそうに叶多が目を泳がせる。
蓮が口を開きかけた瞬間、体育館の出入り口から叶多を呼ぶ友人の声が飛んできた。
「牧ー!」
弾かれるように、叶多が勢いよく立ち上がる。
勢い余ってふらついた叶多の腕を、蓮は咄嗟に掴んで支えた。
「……あ、りがと」
居心地悪いのかやや目を逸らしながら、叶多が小さく呟くように礼を述べる。
そのまま離れようとする彼の腕を、少しだけ引き寄せて蓮は薄く笑いながら声を潜めた。
「牧ちゃんって、意外と口悪い?」
そう囁いた瞬間、叶多の顔が強張ったのがわかった。
やがて一瞬だけ顔をしかめたかと思えば、叶多は蓮の手を振り解いて何事も無かったかのようにいつもの優等生スマイルを浮かべる。
「ごめんね、何の話かわかんないや」
「…………は?」
あまりにも白々しいその態度に、蓮は思い切り眉を寄せた。
そんな蓮の反応を意に介することなく、叶多は傍らをさっさと通り過ぎて行く。
「大丈夫か?」
「大丈夫。何もないよ」
出入り口で待っていた友人の気遣う言葉にも、叶多は爽やかな笑みでそう返していた。
その様子を見ながら、蓮は隠すように口元を手で覆う。
(……何だそれ)
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