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04.体育祭

 浮き足立った空気が、学校全体を包む。いつもは制服に身を包む生徒たちも、今日だけは皆ジャージ姿だ。  朝から天気も快晴。今日は絶好の体育祭日和である。  厳かな開会式も終わり、いよいよ競技が始まる。アナウンスや歓声でグラウンドが盛り上がる中、応援席としてクラスごとに設置された大きなテントの影の中で、蓮はゆるりと首を巡らせた。  そして隅の方で座り込んでいる彼の姿を見つけ、うっすらと口角を上げる。 「まーきちゃん」  近寄った蓮が声をかけた瞬間、叶多はびくりと肩を揺らした。  驚いて顔を上げる彼の隣に蓮が腰をおろすと、まるで身を守るかのように叶多を身を縮こませる。  それに気付きながらも、蓮は彼の頭に巻かれているはちまきの端にわざとらしく触れた。 「はちまき緩くね? 結び直してあげよっか」 「…………大丈夫」 「競技、何出んの?」 「二人三脚」 「ふーん。オレ、借り物競争」 「……そう」  警戒しているのだろうか、叶多の声音はやや硬い。  頬が緩むのをぐっと堪えて、蓮は明後日の方を向く叶多の顔を身を乗り出して覗き込んだ。 「てか顔色悪くね?」 「え」 「牧ちゃん、運動苦手なんだろ。二人三脚、転ばないように気を付けてね」  少しだけ顔を近づけて、蓮はそう声を潜める。  叶多は僅かに身体をのけぞらせて一瞬だけ眉を寄せたかと思えば、ぱっと表情をいつもの笑顔に変えた。 「大丈夫だよ。ありがとう」  それだけ言うと、叶多は立ち上がってテントの影から出ていってしまう。  一人でに上がってしまう口角を隠そうと口元を手で覆い隠しながら、蓮はその背中が小さくなるのを眺めていた。  そこにちょうど出くわした友人の遼太郎が、大げさに目を眇める。 「何一人でニヤけてんの。キモいんですけど」 「うるせーな」 「なんか良い事あったん」 「……面白いの見つけた」 「は?」 ——  体育祭のプログラムも滞りなく進み、盛り上がりも最高潮。グラウンドはたくさんの声で満ちている。  蓮がグラウンドに目を向けると、ちょうど今から二人三脚の種目が始まる所だった。  トラックの内側で、叶多が友人と自分の足首を紐で縛っている。上手くいかないのだろうか、紐を結んだり解いたりして顔を寄せ合い、楽しそうに笑っていた。 (……オレのときと違うな)  その光景を視界から外すように、蓮はスポーツドリンクの入ったペットボトルをあおる。  しばらくすると、テントの中で応援していたクラスメイトたちが叶多たちの名前を大声で呼び始めた。  つられるように蓮は再びグラウンドに顔を向ける。  スタートラインに、友人と肩を組んだ叶多が他クラスの人たちとともに並んで立っていた。  そして号砲が鳴り響き、全員が走り出す。 「牧ちゃーん!」 「上野ー! 走れー!」 「頑張れー!」  熱の入った声が飛び交っている。  掛け声とともに走っていた叶多が、不意にバランスを崩した。それをペアの上野が咄嗟に肩を引き寄せ、体勢を立て直す。申し訳なさそうな表情を浮かべる叶多に上野が声をかけているのが、蓮のいるテントからも見えた。  そんなタイムロスがあったものの、その後二人は息ぴったりにペースを上げて3位という順位でゴールした。  ゴール後、安堵からか二人はその場に崩れ込む。しかしレースの妨げになるからか上野がすぐさま立ち上がり、叶多の手を掴んで引き起こす。  トラックの内側へと肩を組んだまま移動した二人は、結んだ紐を解くために座り込んで再度顔を近付けていた。 「…………」  ——なんかよくわからないけど、面白くない気がする。  自分の時はすぐに距離を取られたからだろうか。まるで小動物が警戒してるみたいだ、とさっきまではそう思っていたのに。  その様子をぼんやり眺めていた蓮に、クラスメイトが声をかけてきた。 「小野田、なんか機嫌悪くね?」 「え?」  そこで初めて、蓮は自分の眉間にしわが寄っていたことに気がついた。 ——  太陽が真上に鎮座し、容赦なく照りつける。  何もしなくても額に滲む汗を拭いながら、自分の出場する競技の出番を迎えた蓮はグラウンドのスタートラインに立っていた。  様々な方向からの声援を浴びながら、スタートを知らせるピストルが鳴る。  軽快に走り出した蓮はコース上に置かれた紙を手早く広げた。 『自分よりも頭の良い人』  そう書かれている文字を確認し、僅かに口角を上げる。  (誰を選んでもいいな)  成績の順位はいつも下から数えた方が早い自分からすれば、周囲の人間は大体自分よりも頭が良いということ。  ひとまず蓮は、自分のクラスの応援席へと向かった。 「小野田、お題何だった?」 「オレより頭の良いやつ!」 「じゃあ誰でもいいじゃん」 「そうだよ!!」  蓮が首を巡らせると、その時ちょうどテントへと戻ってきた叶多と目が合った。  その瞬間、蓮はほぼ無意識に声を張り上げる。 「牧ちゃん!」 「え?」  驚いた顔をする叶多の手首を、蓮は有無を言わさずに掴んだ。 「来て」 「はっ?!」  短く言い捨てて、蓮は叶多の手を引いて駆け出す。 「え、牧ちゃんなんだ!?」 「まぁクラス委員だしな」 「最近あの2人、仲良いよね〜」  ざわめきと冷やかしの入り混じった声を受けながら、2人はテントを飛び出した。  喧騒がやたら遠くに聞こえる。叶多の手首を掴む右手に力が入る。叶多の息を切らせる音が聞こえ、蓮は走る速度を少しだけ落とした。  そのままゴールラインを踏み越え、立っていた係の生徒に蓮は握りしめていたお題の紙を勢いのまま押し付ける。 「最近のテスト、何点でした?」 「……英語で25お」  確認のためだろうか、急にテストの点数を聞かれ蓮は苦虫を噛み潰したような顔でそう絞り出した。  係の生徒は軽く頷き、その視線が蓮の隣に滑る。  見ると、叶多が膝に手をついて息を整えているところだった。 「牧ちゃーん。この前のテストの点数、教科何でもいいから言ってみ?」 「……、……っ」 「なんて?」  途切れ途切れなか細い声を聞き取ろうと、蓮は覗き込むように顔を近付ける。 「……94。数学」  徐に頭を上げた叶多が、蓮を真っ直ぐに見返しながらしっかりした声音でそう言う。  真正面からぶつかる視線に蓮が呆気に取られていると、叶多の声は係の生徒にも届いたようで2位での順位決定が告げられた。  次のレースの妨げにならないよう、トラックの内側へと移動する。  地面に座り込んだ叶多が深い溜息をついてるのを見て、蓮は思わず笑う。 「やっぱり牧ちゃん、体力ねぇな」 「わかってて連れてくんなよ」  顔をしかめた叶多が、蓮の腕を軽く叩く。ぱしっと乾いた音が鳴った。  それに蓮が目を丸くして固まってるのを見た瞬間、叶多の顔色がみるみる青くなっていく。 「あ、いや、今のは違う」  珍しくしどろもどろになりながら、叶多が目を泳がせる。 「ごめん、忘れて」  気まずそうに目を逸らしながら、弱々しい声を絞り出す叶多。  蓮はもう緩む口元を隠せなくなっていた。 「…………忘れるわけなくない?」 ——  競技を終えた2人が無言でクラスのテントに戻ると、クラスメイトたちが出迎えるや否や口々に話し出した。 「おかえり〜」 「ねぇ2人っていつから仲良くなったの?」 「前はそんなんじゃなかったよね?」 「え?」  クラスメイトの何気ない質問を受け、叶多が虚をつかれたように目を瞬かせる。  どう答えるのかと蓮が横目で様子を窺うと、自分の服の裾をぎゅっと小さく握って言葉に詰まる叶多が視界に入り、蓮は叶多の肩に腕を回した。 「実は最近〜。ね、牧ちゃん」  顔を覗き込み、叶多と視線を合わせる。  叶多は自分と仲が良いなんて、微塵も思ってはいないだろう。むしろパーソナルスペースに無遠慮に踏み入れられ、敬遠したいかもしれない。しかしクラスメイトの前で否定するなど、優等生である彼ができるわけがない。  案の定、叶多は一瞬だけ顔を強張らせるだけですぐに笑顔を浮かべて、回された蓮の腕にそっと手を添える。 「実は、そうなんだよね」  クラスメイトは「そうなんだ〜」と反応するだけで、すぐに次の話題へと移っていった。  あっさりと関心が外れ、叶多がほっと息をつく。そしてやや不機嫌そうに蓮の方を見た。 「…………いつまでこのまま?」  ぐい、と蓮の腕を強引に肩から外す。 「嫌ならさっきみたいに叩けば良かったのに」  蓮がそう軽口を叩くと、叶多は更に不機嫌の色を濃くした。  湧き上がる愉悦を隠せずに蓮が思わず口元を緩ませると、目敏くそれを見つけた叶多が胡乱気に蓮を睨む。 「何笑ってる」 「いやぁ? 牧ちゃん好きだなと思って」  そう溢した蓮の言葉に反応を返すことなく、叶多はふいと顔を背けた。  その頬のラインをながら、蓮は内心で独りごつ。 (……こっち見てくんないかな)  

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