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第7話

「あ」  リュカは小さく呟いて足を止めた。  薬品を衛生部に取りに行こうと基地の広場を横切った時だった。訓練を終えたらしい竜人たちの中に、ジークの姿を見つけたのだ。ジークは他の竜人といっしょに噴水の近くの地面に腰を下ろし、顔を突き合わせて紙に何かを一生懸命書きつけては笑い合っている。  ――馴染んでるな……。  ジークの訓練が始まって二週間が経っていた。人間嫌いのジークに友達が出来るかどうか不安だったが、それはいらぬ心配だったようだ。竜人の友達もでき、竜騎士候補の人間ともそれなりにうまく付き合っているようだ。  ――俺なんかよりも、ずっと上手くやっている……。俺なんかよりもずっと……。  そう考えた瞬間に薄暗い感情が顔を出し、リュカははっと我に返った。   初演習で父親のエドモンに声を掛けられているジークの姿を見たとき以来、ジークに対して薄暗い嫉妬の感情が生まれてしまったのだ。それは時間を追うごとに段々大きく膨れていくようで、リュカは何度も自身を戒めていた。  ジークと自分は全く違う立場なのだから、比べても意味がない。ジークは自分の家族のことも忘れてしまった可哀そうな竜人なのだ。  だけどその代わりにジークには才能がある。周囲からも好かれる。自分とは違って――。  ぼんやりと仲睦まじい様子を眺めていると、ジークがおもむろに顔を上げ目が合った。 「リュカ!」  ジークが嬉しそうにぱっと立ち上がり走り寄ってくる。 「こんなところで会えるなんてラッキーだ! いっつも探してるんだけど、全然基地の中で会えないよな」 「……ああ、そうだな」  嬉しそうにジークは笑いかけてくる。リュカは強張った頬をなんとか引き上げて笑みを作った。 「これから竜舎に帰るの? そういえば昼ご飯は食べた?」 「ああ、さっき食堂で――」  ジークと言葉を交わしながらもふと気が付いた。  ジークの友人の竜人たちが、ちらちらとリュカの方を見ている。  ぎくりとした。この意味深な視線はよく見覚えがある。『父親が参謀次長なのに出来が悪く情けない息子』『双子の出来の悪い方のやつ』だと嗤う人たちから向けられる視線だ。途端に心臓がきゅっと縮み上がり、リュカは唇を噛んだ。 「……俺はそろそろ竜舎に戻るよ」 「え? もう行っちゃうのか? どうせだし友達にリュカのことを紹介したいんだけど」 「……それは辞めておいた方がいいんじゃないかな」 「え? どうして?」  ジークはきょとんと首を傾げた。その顔を見ていたら悲しみと共に苛立ちさえも込み上げ、リュカは顔を伏せた。 「ごめん、行かないと」 「リュカ! 待ってよ!」  追いかけるような言葉が背後から聞こえたが、振り返ることが出来なかった。暗い感情で心がぐちゃぐちゃで、ジークに酷いことを言ってしまいそうだった。  ――どうしてこんなに自分は弱いのだろう。  逃げるように足早に竜舎に向かいながら、リュカは唇を噛みしめた。   ◇  その日仕事を終えて家に帰ると、窓の灯りが付いていた。すでにジークが帰ってきているようだ。 「……ただいま」 「あ、リュカ! おかえり! 俺、夕飯作っておいたよ」  竈の前に立ったジークが笑顔で振り向いた。昼間に感じの悪い態度を取ったのに、まったく気にしていないような明るい笑顔だった。  リュカはほっとし、同時に申し訳ない気持ちになった。子どもっぽい嫉妬の感情で、ジークに八つ当たりをしてしまったことが今さらながらに恥ずかしい。  だが二人で食卓に並ぶころになると、ジークの様子がどこかおかしいことに気が付いた。 「それでさ、今日座学で居眠りしちゃって、師範に大目玉を食らったんだ」  ジークはいつものように今日あった出来事を面白おかしく語って聞かせてくれる。しかしジークの食は進んでいないようだった。どことなく視線も合わない。 ――もしかして、友達に何か聞かされたのだろうか……。  リュカは自分が、軍の人間からあまりよく思われていないことは知っている。  平凡な能力しか持たないのに、独立軍幹部の息子というだけで少尉という立場を与えられている。それなのに双子の兄を戦闘で亡くしたショックで騎竜に乗れなくなり、情けなくも軍のお荷物になっている。  リュカという人間を総評すると、おそらくそんなところだろう。  幼少期のころからそれなりの努力をしてきたつもりではあるが、能力が低いのは本当のことだ。騎竜士を辞めたのも自分の弱さ故。自分のような情けない人間など、嗤われても仕方ないと納得している面もある。だけどそんな自分をジークには知られたと思うと、たまらなく悲しかった。  段々に交わす会話が弾まなくなり、食卓の空気が重苦しくなり始めたころ、ジークが思い切ったように口を開いた。 「なあリュカ、今日の昼間のことだけど……。俺、もしかして外でリュカに話しかけない方がいいのか?」 「え?」  リュカはきょとんと目を瞬いた。 「だってリュカ、すごく迷惑そうな顔をしてたから……」   まったく意味のわからないジークの言葉に混乱が深まる。どうしてそんな話になるのか理解できない。 「迷惑だなんて思っていない。そうじゃなくてジークの方が」 「え? 俺の方が何?」 「俺と……外でしゃべらない方がいいんじゃないのか?」  リュカがそう言うと、ジークは「えっ」と心底驚いたように声を上げる。 「どうして? なんでそう思うの?」 「いや……だって、友達に何か言われるんじゃないのか? ほら……俺は評判が悪いだろ……? ジークも俺と一緒にいると恥ずかしいんじゃないか? だったら俺は外で話しかけたりしないようにするから――」 「ちょっと待って!」  ジークの声が焦ったようにリュカの言葉を止めた。 「なんでそんなこと思うの!? そんなわけないじゃん!」  思いがけない反応にリュカはまばたきを繰り返す。 「でも……今日、ジークの友達、なんとなく変な雰囲気だったぞ? 何かこう、俺の方を見てにやにやしてたっていうか……」  そう言うと、ジークは「あっ」という顔をした。思い当たることがあったのだろう。やっぱりそうなのか……と思って少し傷ついていると、ジークは焦ったように首を振った。 「違う! 違うんだよ!」 「何が違うんだ?」 「あーええと……。ちょっと待ってて!」  ジークは食事の最中だというのにスプーンを放り投げて椅子から立ち上がった。そして自分の部屋へと入って行き、すぐに何かを手に持って戻ってきた。 「これだよ、これ! これの相談をしてたんだよ!」  「え……?」  ジークが差し出してきたのは、一枚の白い封筒だった。  中からは一枚の手紙と白い花が入っていた。 「これは……ソレイユの花?」  ソレイユはノルディアの国花だ。そして手紙にはこう書かれていた。 【リュカ・ライネル様 来月の花の祭典に、一緒に行ってくれませんか? ジーク】 「え……花の祭典……?」   花の祭典とは、半月ほど先に開催される予定のノルディア国に伝わる最大の祝祭だ。ノルディアを加護する太陽神を祭るお祝いで、祭典の時期になると若者たちはソレイユの花を添えて、想いを寄せる相手を誘うのが古くからの習わしだと聞いたことがあった。  茫然とリュカは手紙とジークの顔を見比べた。ジークは赤くなった頬を掻きながら言う。 「……友達に相談したんだ。『リュカを祭典に誘いたいんだけど、どうしたらいいか?』って。そしたらいろいろ教えてくれて……だけどそのときにちょうどリュカが来たから、アイツらもにやにやして感じ悪く見えちゃったのかなって思うんだけど……」 「そうなのか?」 「うん」  どうやら悪口を言われていたわけではなかったらしい。安堵と共に気が抜けかけたが、ジークが炎でも吐きだすのかと思うくらいの勢いで叫んだ。 「へ、へ、返事は⁉」 「え……?」  リュカは目を瞬きながら、目の前のジークの顔をまじまじと見た。ジークは緊張に肩を強張らせ、必死な瞳でリュカの表情を伺っている。 「リュカ、返事が欲しい」  まるで縋るようなその言葉を聞いた瞬間、胸の奥が細かく震えた。そしてそれは心臓がきゅうと捩れるような感覚に変わっていく。  リュカは初めて感じる感覚に驚きながらも頷いた。 「もちろんだよ、ジーク。……喜んで。一緒に祭典に行こう」 「……っ!」  ジークの目がぱっと開き、驚いた顔が次の瞬間には笑顔へ変わる。 「ほんとか?」 「ほ、本当だ」 「ほんとにほんと?」 「ああ、本当だよ」  嬉しそうに何度も確認してくるジークに頷きを返しながらも、リュカは胸を抑えた。なぜか胸が震えるような感覚が収まらない。身体の中心から指先まで、じんわりとした熱が広がっていく。  ジークはそんなリュカの様子には気が付かず、嬉しそうに笑っている。 「あー……誘うの緊張した」 「大袈裟だな。どうして緊張する必要があるんだ?」 「それは俺が」  ジークが一瞬ぐっと息を止める。 「――なんでもない。今は言わない。けどいつか絶対に言う」 「……そうか」  リュカは未だに震え続ける胸の感覚に戸惑いながらも、ジークから貰った手紙と花をそっと指で撫でたのだった。

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