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第10話
木々の葉が赤と黄色に色づいている。
季節の巡りの早いもので、リュカがジークと暮らし始めてから、一年以上の月日が経っていた。森の中の小さな小屋で営まれるリュカたちの暮らしぶりも相変わらず慎ましく、最近ではブランに『お前たちは老夫婦みたいな感じだな』と笑われている。
『二十にもなるのに、全然女っ気がないのはどうなんだ』とも言われるが、もともと色恋沙汰には興味がない。それにジークと送る生活はとても穏やかで楽しく、こんなに居心地がよい生活を変えるつもりはなかった。
冬支度を初めた木々を眺めながら司令棟の建物へと続く道を歩いていると、ふいに後ろから声を掛けられた。
「リュカ!」
その言葉とともに、後ろから大きな身体がじゃれつくように抱きついてくる。どきりと胸が高鳴った。
見ずともすぐにわかる。こんなことをするのはこの基地で一人だけだ。
「ジーク……。いきなり飛びつくなって何回も言っているだろう」
「あはは、ごめんごめん、リュカの姿が見えたから嬉しくてつい、さ」
名残惜しそうに、リュカの身体に巻き付けられた腕が離れる。リュカは大きく息を吐きだしながらゆっくりと振り返った。
赤い髪に、まっすぐに上がった意志の強そうな太く濃い眉毛、その下にある垂れ気味の明るく輝く赤い目。大きな口を嬉しそうに緩めながら、ジークが嬉しそうに笑顔を向けてくる。
この一年でジークはさらに身長も伸び身体も厚みを増し、軍の隊服が良く似合うようになった。もともとあった身長差は広がるばかりだ。
「リュカがこんなところにいるなんて珍しいね? どこに行くの?」
「司令棟だ。父に呼ばれている」
「お父さんに?」
途端にジークは心配そうに眉をひそめた。
「心配しなくても大丈夫だ」
以前は父親の前に出ると身体が極端に緊張して、声が出せなくなることが多かったが、今はそれもだいぶ良くなってきている。緊張するのは相変わらずだが、身体が震えて声が出せなくなるということはなくなった。
あのときから――ジークが『そのままのリュカを俺が大事にする』と宣言したときから、リュカの何かが変わり始めた。
今でも自分に価値があるとまでは思えなかったが、自分は自分らしくやっていくしかないと吹っ切れたのは、ジークの言葉があったからだ。
「それよりも、ジークはこれから座学の授業なのか?」
「ああ、うん、そうなんだけどさ」
ジークは自分の肩から下げたカバンを見て困ったように眉を下げた。ジークは身体を動かす演習は得意だが、黙って座っていなければならない座学は苦手なのだ。
「きちんと聞いておけよ? 理論だって大事なんだから」
リュカがそう言って宥めると、ジークは口をとがらせながら頷く。リュカは小さく笑って、とんとんとジークの腕を叩いて促した。
「ほら、そろそろ行かないと始まるぞ。カイルも待っている」
少し離れたところに立っているカイルにリュカは小さく手を上げると、カイルが微笑んでこちらに来てくれた。
カイルは普通種の竜人なのでジークよりはほんの少し小柄だが、ジークとは対照的に大人しく礼儀正しい青年だ。金髪に近い茶色い髪の毛と琥珀色の目で、この国の標準的な竜人の見た目をしている。
「カイル。いつもジークが迷惑をかけて悪いな」
声を掛けると、カイルは「そんなことないですよ」と穏やかに笑った。
「確かにジークはときどき変なやらかしはしますけど、それはそれで見てて面白いです」
「え? ひでえな、そんなこと思ってたの?」
「ふふふ、冗談だよ。でもいろいろやらかすのは本当だろ」
「まあそれは否定しないけどさ~」
どうやらジークには、リュカに話していない失敗もたくさんあるのだろう。仲睦まじい二人の様子にうらやましくなった。
「ほら、そろそろ行った方がいいんじゃないのか? 授業が始まる」
リュカの言葉に、ジークとカイルははっとした顔になる。
「やべえ、時間だ!」
「それじゃまた」
と二人は行きかけたが、何を思い出したのかジークだけが戻ってきた。
ジークはじっとリュカを見つめて言う。
「ねえリュカ、座学頑張るから……抱きしめていい?」
その言葉にまた心臓が騒めく。
出会った頃からジークはリュカに触れたがることが多かったが、最近は以前とは眼差しの種類が少し変わった。熱と甘さが伴ったような視線だ。それを向けられると、リュカは胸の底が熱くなって、どうしていいかわからなくなってしまう。
「……な、何を言ってんだ。カイルを待たせているだろう? ほら、早く行かないと」
そう言うとジークは眉をさげ、ふっと笑った。
「あーあ……リュカは冷たいな」
文句を言いながらもジークの視線はこれ以上ないほどに優しい。
かあっと身体が熱くなり、堪らなくなったリュカは視線を逸らした。
「ふふ、リュカは可愛いなあ……」
「可愛くなんてないだろう……大の男だぞ」
「……うん、そうだね」
ジークは「またあとでね」と手を振ってようやくカイルのところに戻って行く。兵舎の方へと並んで歩いていく二人の背中を見送り、リュカは詰めていた息を吐きだした。
――ジークとの関係を、どう表現したらいいのだろう……。
リュカは最近、そんなことを考えるようになった。
ジークは友人でもないし、一緒に暮らしてはいるが家族でもない。それにとても距離が近くて、触れられるとどきどきして恥ずかしくなることもある。ジークは自分のことをどう思っているのだろうと気になって仕方なくなるときもある。
これらの感情が沸き起こるのはリュカにとって初めてで、どう対処したらいいのかわからなかった。そして相談できる人もいなかった。
――考えていても仕方がないな……。
リュカはしばらく佇んでいたが、気を取り直して歩き出した。早く父親のところに行かなければならない。
司令棟の階段を二階までのぼり、父親の執務室のドアをノックした。
「失礼いたします。リュカ・ライネル少尉です」
そう告げると、中から「入れ」と入室を許す言葉が聞こえてくる。リュカは小さく息を吐きだしてから重い執務室の扉を開けた。
エドモンは重厚な木の机に座り、書類に目を落としていた。入室してきたリュカに視線をやることなく、いきなり本題に入る。
「ジークに番をあてがう」
「……え?」
リュカは一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
――ジークに番……?
徐々に言葉の意味を呑み込んでくると、心臓がどくりどくりと嫌な音を立て始める。身体が揺れそうになったが、直立の姿勢を崩さず、なんとか言葉を捻りだした。
「ジークに番を……あてがうんですか? ジークは赤竜ですが」
「ああ、そうだ。この国に赤竜は存在しないから、相手は普通種の竜人ということになるが、おそらく問題はないだろう」
父親の言葉を聞きながら、リュカは必死に思考を動かそうとした。だが頭が真っ白で、何も考えられない。
黙り込むリュカをちらりと見て、またエドモンは書類に目を落とした。
「赤竜の遺伝子を残しておいた方がよいという司令部の判断だ。いつなんどき何があるかわからない時勢だからな。もうすぐジークは騎竜として叙任を受けるのだろう?」
「ええ、その予定ですが……」
ジークは未だに記憶が戻っていないので、正式な年齢はわからない。だが竜人は竜の姿になったときに首にある鱗の数で大体の年はわかるのだ。それによると、すでに竜人としては十分に大人になっていて、あと三か月ほどで竜騎士たちの叙任式がちょうど開催される予定なので、それに合わせてジークも正式な騎竜としての叙任を行うという話になっていた。
「それを来月に早めるそうだ。同時にジークの番も早急に決定する」
来月……とリュカは茫然と呟いた。
――来月には、ジークに番ができるかもしれない……?
「話は以上だ。下がれ」と父親に言われても、しばらくのあいだリュカは動くことができなかった。
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