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第12話
その知らせが突然飛び込んできたのは、ジークに番のことを告げてから数日後のことだった。
「南のボードー基地が奇襲攻撃を受けた!」
リュカとミハイルが竜舎の中で幼竜たちの世話をしていると、ブランが飛び込んできて叫んだのだ。
「レグラントが見たことのないような大砲を使い出したそうだ。ボードー基地の騎竜が五人やられたらしい。今朝早くに伝令の騎竜が来て、指令部は混乱してる」
「……五人も」
リュカもミハイルも、告げられた深刻な事態に言葉を失った。
ノルディアの独立派が擁する戦える竜人……すなわち騎竜は全部で十五人だ。そのうちの五人が戦闘で命を落としたとなると、残りは十人。騎竜隊の存在だけで持っているような独立軍にとっては、致命的な事態だ。
「それでボードー基地にいる四体の幼竜を、ノースフェルトに輸送するそうだ」
それを聞いたミハイルが、そっと言った。
「もしかして……ボードー基地ってそうとう危ないんすか? 幼竜を輸送するなんて……」
ブランはミハイルの問いに、否定も肯定もしなかった。
「不安なのはわかるが、俺たちの出来ることをしよう。とりあえず俺たちはボードー基地の幼竜の受け入れの準備を進める。古い方の竜舎も使うことになるから、万全の体制を取るぞ」
「わかりました」
リュカもミハイルも、表情をひきしめて頷いた。
「俺は資材置き場から藁を取ってきます」
「そ、それじゃ俺は古い竜舎の方見てきますっ!」
「ああ、頼むぞ、リュカ、ミハイル」
竜舎を出て資材置き場への道を急ぐ。
リュカは道を歩きながらも、不安で心が潰れそうだった。
リュカたち独立軍が擁する基地はボードー基地とノースフェルト基地の二つだ。万が一、南のボードー基地が陥落すると、戦線はぐっと北へと上がってくる。このノースフェルト基地が最後の砦になってしまう。
そうなったら強大なレグラント軍に抗うことが出来るのだろうか――。
「リュカ!」
考え込みながら歩いていたので、急に後ろから腕を引かれてリュカは身体を跳ねさせた。驚き振り返ると、そこにいたのはジークだった。
「大変だジーク! ボードー基地が奇襲攻撃を受けたって」
「ああ、聞いた……」
ジークは真っ青な顔で頷いた。
「ジーク? 顔色が悪いけど大丈夫か?」
「ああ……。リュカ、ちょっとこっちに来てくれるか」
ジークに促されて連れていかれたのは、人気のない兵舎の裏側だった。ジークはしばらく固い表情で黙り込んでいたが、覚悟を決めたようにおもむろに口を開く。
「番が決まった……」
「え?」
「今司令部に呼び出されてライネル参謀次長に『叙任式のあとに番って子供を作れ』と命令を受けた。叙任式を来週に早めるそうだ」
息が止まった。
番を作るという話を聞いたのも数日前のことなのに……。
「ボードー基地がかなり危ないらしい。早く俺のスペアを作っておきたいってことだろう。リュカと住んでいる家も引き払って、兵舎に引っ越せとも言われた」
「でも待ってくれ。そんなに急に……?」
「レイラっていう竜人が俺の番になるそうだ」
「レイラ……?」
どこかで聞き覚えのある名前だと思ったが、思い出せない。
「その竜人と……会ったことはあるのか?」
「ああ、何度かは」
「そう、なのか……」
ジークが竜人の女性と会っているなど、全く知らなかった。
何もジークが言ってくれなかったという事実にも打ちのめされた。
だがリュカが何にショックを受けようと、竜人は竜人と番になることが決まっている。竜人の子を生ませ、独立軍の新たな騎竜を次々に育て上げる必要があるからだ。騎竜にリュカたち独立軍の命運がかかっていると言っても過言ではないのだから当然だ。
――そうか、ジークは他の誰かのものになるのか……。
レイラという竜人の女性の番になったジークは、自分の前からいなくなる。手が届かないところに行ってしまう。
胸に迫ってきた実感に、心が引き裂かれたように痛んだ。
「嫌だ……」
気が付くとリュカはジークに向かって手を伸ばしていた。
「ジーク……嫌だ……いなくならないでくれ……」
ジークが一瞬目を大きく見開き、耐え切れないとばかりに顔を歪ませリュカの身体を掻き抱いた。
「リュカ――リュカ――」
熱っぽく呟きながら、ジークが大きな掌でリュカの顔を上向きにする。ジークの赤い瞳を間近で見た瞬間、リュカの胸の中で大きな感情が弾けた。
――ああ、俺はジークのことが好きだ……。
込み上げる感情に揺さぶられ、ぽろりと涙が流れる。ジークの指がそれを優しく拭ってくれる。
そのままジークの顔が近づいてきて、リュカは何も考えられないままに瞼を閉じた。
そっと唇が重なる。羽のように優しく触れていたジークの唇は、リュカの薄い唇を何度かついばむようにしてから離れていった。
「俺は……リュカを愛してる」
その言葉にリュカはゆっくりと目を開いた。
「……友人や家族としてじゃなく、リュカを愛しているんだ」
「俺を愛している……?」
リュカはジークの赤い瞳を見つめながら繰り返した。口にした言葉は、何度も頭の中で反響し、今まで経験がないほどに満たされた感覚がゆっくりと身体全体に伝わっていく。
ジークが自分を愛してくれている。
この宝石のように美しい赤い瞳も、まっすぐで清い心も、そしてリュカを抱きしめてくれる温かい身体も、すべて自分のもの。彼の想いのすべてが自分という存在だけに注がれているのがわかる。
言いようのない歓喜が胸に広がり、だがその次の瞬間にははっと我に返った。
――俺は一体何を……?
ジークとキスをしてしまった。その事実にリュカは青ざめた。ジークの胸に手を当てて身体を離すと、ジークが驚いたように「リュカ……?」と顔を覗き込んでくる。
「無理だ、ジーク……」
「どうしてだ? リュカも俺のことを想ってくれてるんじゃないのか? 俺の勘違いだった?」
リュカはただ激しく首を振った。
確かにリュカはジークのことが好きだ。だけどジークは竜人で自分は人間だ。軍の中にいる以上、二人の関係は許されない。
ジークの気持ちは受け入れてはいけないのだ。
「駄目なんだ……できない」
リュカは曲りなりも軍人なのだ。軍の規約を破ることは出来ない。このノルディアの国を、そして父親のことを裏切ることは出来ない。
「俺は……お前が大事だよ。唯一の存在だ。だけど……俺とお前は駄目だ……。竜人と人間が情を交わすのは禁忌なんだ」
「そんな決まりが何だって言うんだ? 俺はリュカを愛している。それの何が悪いんだ?」
「駄目だ……いけない……。ジークは……竜人と番って子どもを作らなくちゃ……」
「ちょっと……待ってよリュカ。……本当にそう思っているのか?」
ジークの唇も声も震えていた。いつもまっすぐに上がっている眉が下がり、赤い瞳はいつも以上に真っ赤になっている。
こんな表情のジークを初めて見たリュカは、胸が痛んだ。『嘘だよ、俺もお前が好きだ』とジークの身体を抱きしめたい。
だけどリュカはどうしてもそうは出来なかった。リュカは自分の心が捩じ切られそうになりながらも必死の思いで頷く。
「ああ、そうだ。ジークには番と子供を作って欲しい……。それが俺に望みだ」
「……リュカは俺を……愛してはいないのか……?」
リュカは喘ぐような呼吸をしながら、言葉を吐き出した。
「俺は……お前を……愛しては、いない」
ジークは絶句したように息をのみ、そして目を伏せた。
「俺、頭冷やすよ……しばらく家に戻らないから……」
ジークは肩を落とすと、静かに踵を返し去っていったのだった。
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