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第13話
そうして迎えた叙任式の当日は、抜けるような晴天だった。
式典は朝から始まり、午前中は竜騎士や騎竜の叙任式が、午後からは戦功をあげた兵士への表彰や昇進者の発表と表彰が開催される。今回叙任を受ける騎竜はジークを含めて四人、竜騎士の方も四人だ。失った戦力を補うため、一部過程を繰り上げての任命となるようだ。
リュカが式典の会場となる大演習場に足を踏み入れたときにはすでに、見物に来た兵士たちで溢れていた。
例年だと式典のときには基地の一部が一般の人に開放され多くの人が詰めかけるが、今年は戦況を顧みて一般開放は中止された。それでも多くの兵士にとって、今日はハレの日であることは変わらない。基地の中には久しぶりに明るい雰囲気が満ちていた。
すぐに定時となり式典が始まった。高らかなラッパの音が響き、叙任を受ける竜騎士や騎竜が姿を現れる。多くの兵士が見守る中、大演習場に作られた壇上の下でジークたちは司令官の前で膝をつき、首を垂れた。
今日のジークは金で縁取りされた立ち襟の軍服に、騎竜専用の赤い外套を身につけている。リュカは人垣の後ろから目を細めてその姿を眺めた。
ジークに会ったのは一週間前のあのとき――キスをしてしまったときが最後で、それからは顔を合わせてさえいない。そして三日前から、家の中のジークの荷物が少なくなっていることに気が付いた。兵舎のどこかに引っ越しをしたのだろう。リュカがいないときに、黙って荷物を運び出したのだ。
自分がジークの想いを拒絶して傷つけたのだから、避けられて当然だ。見限られたって仕方のないこと。
それなのに寂しくて寂しくてしょうがなかった。ジークの姿を一目見ただけでも胸が痛い。
騎竜たちの名前が順に呼ばれ、ジークの番になった。ジークが立ち上がり、壇上へと上がっていく。
ジークは実に堂々とした様子で叙任を受け、一礼をすると壇上を下りる。最後の騎竜が壇上を下りると、彼らは一列になりこの場を退場していった。
演習場の隅に待機していた軍の鼓笛隊が、勇ましい音楽を奏で始めた。群衆の中に興奮が高まっていく。
そのとき頭上に上空に大きな影が差した。
さっき叙任を受けたばかりの竜騎士と騎竜が、はるか上空に現れたのだ。勇ましい騎竜たちの飛翔の姿に、わぁっと高い歓声と拍手が上がる。
騎竜たちは陣形を組み、上空をものすごいスピードで飛び交っては新しい陣形を組む。下から見る彼らの飛翔は、まるで舞踏をしているかのような華麗さだった。みな空を見上げ、口を半開きにして呆けたように美しい舞に魅入った。
その中でも目を引くのはやはりジークだった。陽の光の中でひときわ光る赤い鱗。光を四方に散らしながら大きな翼を力強く羽ばたかせて飛ぶジークは、息を呑むほどの神々しさだった。
――ジーク……。
手が届かなくなった今、痛いほどに感じる。ジークのことが好きだ。彼のことを本気で愛している。
初めは父親に監視の対象だった。その次には父親に気に入られたジークに嫉妬をして、みっともなく罵って喧嘩をした。そのときにジークは「俺がリュカの隣にいる」と言ってくれた。そのときからリュカはきっと、ジークを好きになり始めていたのだろう。
だけどジークは竜人の番と子を作らなくてはならない。同じ竜人の番と子という大事な存在を持ったジークは、リュカのこと忘れていくだろう。どれだけジークのことを想っても報われない。
竜人と人間が情を交わすのは禁忌だ。それならば傷が浅いうちに離れるのが正しい選択だ。自分は間違いを冒すことなく、父親から与えられて使命を立派にやり遂げた。
――そうだ、これで良かったんだ……。
ぼんやりしているとふいに肩を叩かれ、リュカは肩を跳ね上げた。驚いて振り向くと、そこにはブランとミハイルがいた。
「ようリュカ、来てたんだな」
「あ……はい」
ブランに声を掛けられ、リュカは少し気まずい思いになった。ブランとミハイルに「一緒に叙任式見に行こうぜ」と誘われたが断ったからだ。
隣のミハイルが、興奮したようにしゃべり出す。
「すげえっすよね! ジークさんめちゃめちゃかっこよかったすね! 軍服も似合ってたし!」
「ああ、そうだな」
とミハイルの方へ顔を向け――そしてリュカは気が付いた。二人の後ろに茶色い長い髪の女性が立っている。
茶色く長い髪を持った美しい女性だ。肌の白さや質感からして、竜人なのだろう。彼女の顔はどことなく見覚えがあるような気がしたが、どこで会ったのかまでは覚えていなかった。
誰だろう……と思いながらもリュカは会釈をした。するとブランが少し驚いたような顔になった。
「あれ? リュカは面識ねえのか?」
「え?」
「ジークから紹介されてねえのか?」
ジークから? とリュカは戸惑った。どうしてジークの名前が出てくるのかわからない。
すると、ミハイルが明るい声で言った。
「まさか知らないんすか!? ジークさんの番になる人じゃないっすか!」
――ジークの番……?
その言葉にリュカは固まった。
そしてようやく思い出す。
ジークが初めて基地で飛行演習を行ったときに、見にきていた竜人の女性だ。あのときブランに紹介されて、ミハイルが『すげえ綺麗な人っすね』と漏らしてブランに窘められていたから、一年以上前のことでも強く記憶に残っていた。確か――名前は……。
――レイラ。
理解が追い付いてきたリュカは、ゆっくりと息を呑んだ。
昨日ジークが言っていた。ジークの番になる竜人の名前は『レイラ』。同じだ。この女性こそがレイラ……ジークの番になる竜人なのだ。
頭が真っ白になり、喉が締め付けられるように息がぐっと詰まる。
言葉が出ないリュカの様子に気付くことなく、レイラが話しかけてきた。
「ジークさんから話は伺っていました。ずっと一緒に暮らしていたリュカさんですよね? 一度お会いしたことはあるけど、お覚えていないかしら?」
レイラは見れば見るほどに綺麗な女性だった。
透けるように白い滑らかな肌に、宝石のようにきらめく琥珀色の瞳。薄く紅が塗られた形のよい唇。
「――リュカ?」
この美しい竜人の女性がジークの番。ジークの子をうみ、家族になる人――。
「リュカ? どうした?」
「……え?」
ブランの怪訝そうな声にはっと我に返ると、ブランとミハイルが怪訝な顔でリュカを見ていた。慌てて表情を取り繕った。
「あ、すみません。昨日寝不足で少しぼんやりしてしまいました。――ええと」
必死に頭を働かせる。でもなんと言えばいいのかわからない。
するとミハイルがははっと笑った。
「どうしたんすか、リュカさん! ジークさんの叙任式見て気が抜けたんじゃないですか? リュカさんはずっとジークさんのお世話係でしたもんねぇ」
「あ……ああ、実はそうなんだ。見届けたらすっかり気が抜けてしまって」
リュカは咄嗟に話を合わせた。そしてレイラに向かい合う。
「初めまして――ではないですね。リュカ・ライネルと申します。どうぞよろしく」
手を差し出し握手を交わす。
レイラは嬉しそうに笑った。
「お話できて嬉しいです。ジークさんはずっとリュカさんのお話ばかりだったので、リュカさんとお話出来るのを楽しみにしていたんです」
「それにしても番になれて良かったっすよね、レイラさん! ずっとジークさんのこと好きだったんでしょ?」
ミハイルの言葉に、レイラが白い頬を染めて微笑む。
「いやだわ、そんなこと……」
さらにブランが揶揄うように言った。
「いーや、レイラはずっと言ってたぜ。ジークの番になりたいってな」
「もう、ブランさんのいじわる!」
「ははは、照れちゃって!」
三人が楽しそうに笑い合うのを、リュカは顔に笑みを張り付けたままぼんやりと見ていた。
不思議だった。まるですべての感覚が麻痺したように何も感じない。すべてが遠くに感じる。
だがレイラはゆっくりと笑いを収めると、少し不安そうな顔つきになった。
「だけど番になると決まったのが急なことだったので、これからうまくやっていけるかどうか……」
ブランがレイラの肩を優しく叩いた。
「大丈夫だって。夫婦になっちまえば、どうにかなるって」
「そうっすよ! 意外とブランさんみたいに単純で、簡単に尻に敷けるかもしんないっすよ~」
「ああ? 今なんっつったミハイル?」
ミハイルとブランがいつもの軽快なやりとりを始める。そしてそれを笑いながらレイラが宥めている。
そんな三人を見ているうちに、リュカはだんだんと顔が強張っていくのを感じた。
彼女の幸せそうに上気した横顔を見つめていると、胸の中で澱んだ薄暗いものが生まれてきてしまうのだ。
――この子がジークに愛され番になる……。だけど俺には……ジークに愛される権利はない。
そう思うと、真っ黒な感情がリュカの身体の中をゆっくりと蝕んでいく。
竜人というだけで、女性と言うだけで、ジークの子を孕めるからというだけで、レイラは選ばれた。
ジークをよく知らないのに、ジークを心から愛しているわけじゃないのに――。
もう限界だった。リュカは震えそうになる唇をやっとの思いで開いた。
「……すみません、俺はこれで」
リュカは三人に向かって暇を告げた。楽しそうに笑っていた三人はリュカを見て、驚いた顔になる。
きっと今の自分は酷い顔をしているのだろう。そうわかっていても、表情を取り繕うことが出来なかった。
「――どうか、お幸せに」
最後にそう呟き、リュカは踵を返した。
「え? リュカさん!?」
戸惑ったミハイルの声が背後から聞こえてきたが、リュカは早足でその場から離れた。
人込みをかき分けるようにして大演習場を抜け、少しでも人が少ないところを目指して走り――そして竜舎に辿り着いた。
いきなり駆け込んできたリュカに、囲いの中の幼竜たちが驚いたように顔を向ける。
だがいつものように幼竜へ優しく笑いかけることも、言葉を掛けることもできない。
ぽたり、ぽたり、とリュカの瞳からは涙が落ちた。
「何が『どうか、お幸せに』だ……」
そんなこと少しも思うことが出来ない。
今リュカが感じているのは、気が狂いそうなほどの嫉妬だけだった。
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