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第16話

 ジークが騎竜になって二か月が経ち、冷たい木枯らしが吹くようになった。北の山脈は深い雪に包まれ、山から吹き降ろす風に本格的な冬の到来がすぐそこまでやってきていた。  リュカは外套を掻き合わせ、街の大通りを足早に歩いていた。もうすでに周囲は薄暗く、街灯の灯りがオレンジの光を通りに投げかけている。  ――もうジークは帰ってきているだろうか。  リュカは買い物袋を抱え直して息をついた。  初めてジークと肌を合わせてから、すでに二か月以上。ジークは兵舎に住まいを移したにも関わらず、毎日リュカの家に帰ってくる。  日が暮れたころにジークはやってきて、いっしょに作った食事を美味しそうに平らげた後、ジークはリュカをベッドへと引き摺り込む。身体を繋げるという最後の行為まではしないものの、ジークは唇と器用な指先を使ってリュカを十分に翻弄し、いつもリュカは行為が終わるとぐったりとしてしまう。  たしかにジークの腕の中にいる間は幸せだった。だがジークと離れると、罪悪感がリュカの背中に重く伸し掛かってくるのだった。  ジークは竜人だ。人間同士ならしらず、竜人と人が関係を結ぶことは軍の規定では禁止されている。リュカとジークは許される関係ではないのだ。  ――それに、番のレイラとはどうなったのだろう。  何度かジークにレイラとのことを聞いてみたが、『もう話し合いはついた』としか言わず、詳しいことは教えてもらえなかった。  レイラを養子として迎えているコンシュノー伯は、リュカの父親と深い親交があると聞いたことがある。だからもしレイラとの番関係を破棄したとなれば、父親のエドモンから何らかの指令があるはずだ。それがないことを考えると、おそらくジークたちの番関係は解消されていないのだろう。  このままにしていてはいけない。今のうちに対策をうたなければ。  そう思うのに、いざジークの笑顔を見てジークの優しいキスを受けると、何もかもがどうでもよくなってしまう。もう少しだけ、最後にこの幸せを享受したい……そう願ってしまうのだ。 「俺は本当に弱いな……」  ため息をつき重い紙袋を抱え直しながら家路を辿る。辿り着いた家の灯りはついていた。 「ジーク、ただいま」  声を掛けてドアを開くと、ジークが玄関まで迎えてくれた。リュカが抱えていた荷物を受け取りテーブルの上に置くと、戻ってきたジークはリュカを抱きしめ頬にキスを落としてくれる。 「おかえり。買い物ありがとう」 「いや」  いつものやり取りをして、リュカは竈に火を入れた。しかし外の井戸に水を汲もうとしたところで、後ろからジークに抱きしめられた。 「ジーク……離してくれないか?」  ちゅ、ちゅ、とジークがリュカの首すじにキスを落とす。 「嫌だ。離さないよ」 「……あっ」  ふいに首筋をべろりと舐められ、高い声が漏れてしまった。 「可愛い声……我慢できなくなるよ……」 「ジーク……っ、ちょっと待って……っ」 「待てない」  離れようとするリュカをテーブルまで追い詰め、ジークは後ろから伸し掛かる体勢でリュカの服の中に手を入れてきた。胸元をまさぐり、探り当てた乳首を指でこね回す。同時にもう一つの手をリュカの下半身へと伸ばしてくる。 布地の上から性器を撫でられ、乳首をやさしくピンと弾かれると、甘いしびれが腰骨に伝わってきてリュカは喘いだ。尻の間にはジークのかたいものを押し付けられ、身体ごと揺すられると理性はあっというまに蒸発した。 「ジーク……直接触って」  はしたないと思いながらも、リュカはいつのまにかそんなことを口にしていた。ジークが熱い息を吐く。 「可愛い……リュカ」  ジークは性急にリュカのズボンの腰元をほどき、手を差し入れてくる。くちゅりと濡れた音が立ち、背筋をぞくぞくと快感が這い上がってくる。 「あっ……ん……ぁっ」  巧みな指にあっというまに追い上げられ、リュカはぶるりと身体を震わせながらたっぷりと精をジークの手のひらの中に放った。 「はぁっ……は……。ん……、悪い、また俺だけ……お前のも」 「俺のはいいよ」  ジークは手早くリュカの放ったものをふき取ると、身体の力が抜けたリュカを抱きしめてキスをしてくれる。 「そのかわりたっぷり夜に抱かせてもらう。また夜にしような」 「……うん」  快楽の余韻を引き摺りながらも、リュカはジークの背中に腕を回し抱きしめ返した。こうして抱き合っていると信じられないほどに心が満たされる。ほう……とうっとりと息をつき、リュカはふと窓の方へと目をやった。  そのときだ。 「……っ⁉」  信じられないものが目に入りリュカは声にならない悲鳴をあげた。  窓ガラスの向こうに一対の目玉が浮かび上がっていたのだ。いや、目玉ではない、人だ。  リュカはがくがく震えながらジークの背後の窓を指さした。 「あそこに誰かいる!」 「何?」  ジークが振り返るのと同時に、窓の外で何かが割れるような物音がした。そして誰かが走り去っていく気配。ジークが固まっていたのは数秒ほどで、すぐに我に返ってすばやく家の外に飛び出して行った。リュカも慌ててジークの後を追う。 「待て! 逃げるな!」  ジークの声が聞こえる。そちらに向かうと森の木立の中でジークと誰かがもみ合っているのが見えた。茶色の長い髪を振り乱してジークと争っているのは女性のようだ。  リュカが「ジーク!」と叫ぶと、ジークとその女性がはっと振り向く。リュカは息を呑んだ。 「レイラ……」  ジークの番の候補となっていた、竜人の女性・レイラだった。  信じられない事態に言葉を失っていると、レイラは真っ青な顔でリュカを睨みつけてくる。 「ジークを誑かしていたのはあなたなのね!」  レイラはリュカに叩きつけてくるように叫んだ。 「竜人と人間が情を交わすのは禁止されているはず……! それなのにあなたたちはあんなことを……!」 「あ……」  リュカはさっと青ざめた。  抱き合っていたところを見られたのだ。  誰にも知られてはいけない秘密を知られてしまった。  しかも、ジークの番本人に。  真っ青になったリュカをもう一度睨むと、レイラは今度は矛先をジークに向けた。 「それにジーク! あなたは私とまだ番を解消していないのよ⁉ これは不貞行為だわ!」 「番を解消するも何も、俺はあなたと番の契約を結んだ覚えはない。正式な番でもないし、不貞行為じゃないでしょう」   淡々とジークに詰められ、レイラは「酷い……」とわっと泣き出した。   この様子だと、レイラは番解消に納得がいっていないのだろう。ジークの後をつけてきて、そしてジークとリュカが抱き合っているところを見てしまったのだ。  レイラはしばらく顔を覆って泣いていたが、誰も慰めてはくれないと分かると涙を拭って顔を上げた。  その顔は憎しみと嫉妬で歪んでいた。  もともとの彼女の美しさは少しも残っていなかった。 「許さない……! 絶対あなたたちのことは許さないんだから! 私のお父様に言いつけてやるわ!」  そう叫ぶと、レイラは踵を返して走り去っていく。リュカは茫然と立ち竦んで動けなかった。  ――知られてしまった。知られてしまった……。  どうしよう、どうしよう、どうしよう……。  動揺とショックで頭が真っ白で、ぐるぐると目が回りめまいがする。リュカはへたり込みそうになったところを、ジークが肩を支えてくれた。 「……ジーク……」 「とにかく、家の中に入ろう……」 ジークに促され家の中に入る。茫然と椅子に座っていると、ジークがお湯を沸かしお茶を入れてくれた。 「これ飲めば少しは落ち着くよ」  リュカは顔をあげ、まじまじとジークの顔を見た。 「なんでそんなにジークは冷静なんだ……?」  リュカがこんなに動揺しているのに、ジークはそれほどでもないように見える。 「あのさ、リュカ……。こんなことを言うのもなんだけど、レイラのことはしょうがなかったと思うよ」 「……しょうがなかった……?」 「うん、だって秘密はいつか漏れるものでしょ。俺たちのことだって、いつか知られることだったんだよ。でも俺は絶対リュカを離さないし諦めないから。なんとかなるよ。二人で乗り越えよう」   「……え?」  リュカは信じられない思いでジークの顔をもう一度見た。  なんとかなる?  二人で乗り越えよう? 「ちょっと……待って。なんとかなるわけないだろう。俺たちは『竜人と人は交わるべからず』っていう軍規律を破ってるんだぞ? 俺たち個人がどうにか出来ることじゃない」  竜人でありこの国の人間ではないジークにはわからないのだ。  軍社会の前で個人の気持ちなどちっぽけなもので、なんの価値もないということを理解していない。だからジーク『なんとかなる』などと言える。  だがリュカは違う。自分の意見や思いなど、大きな権力の前では簡単に捻じ伏せられたしまうことをよく知っている。 「無理だ……。軍っていうのは全体主義なんだ。個人のわがままが許されるわけがない……。何よりも……父さんが許すわけがない」 「でもリュカ――」 「ごめん。お願いだから一人にしてくれ……」  リュカは顔を両手で覆って俯いた。秘密が露見してしまったショックと動揺で、心の中がぐちゃぐちゃだった。これ以上口を開いたら、ジークのことを酷いことを言ってしまいそうだった。  しばらくジークは黙り込んでいたが、やがて椅子から立ち上がった。 「俺、自分の部屋に行ってるから……」  リュカは俯いたままで小さく頷いた。 「ごめんねリュカ……」  小さな呟きを残してジークは部屋から出て行った。  部屋の中が真っ暗になっても、リュカは椅子から立ち上がることが出来なかった。それからどれくらいの時間が経った頃だろうか。静かな表の方から、石畳の道を複数人のブーツが叩く足音が聞こえてきた。リュカははっと顔を上げた。 「ライネル少尉」  ドアの向こうから知らぬ男の声が聞こえた。 「中にいらっしゃいますね。ここを開けてください。ライネル参謀次長――あなたの父上がお呼びです」

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