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第17話

 灰色の曇り空から小さな白いものが舞い落ちてくる――。  リュカは窓辺に立ち、雪がちらつく庭の景色を無感動に眺めた。  ここはノースフェルト基地からほど近い丘の上にあるライネル家の邸宅だ。ライネル家はレグラントとの戦争が始める前の時代から続く由緒正しき家系だったが、ノルディアがレグラントの属国になったと同時に没落し、今ではその末裔は父親とリュカと数人だけ。一時期は栄華を誇ったとされるこの館も全盛期の影はなく、今では数人の使用人が残るのみだった。  ジークとの関係をレイラに知られた日の夜、リュカはジークと引き離されてライネル家の屋敷へと連れ戻されたのだ。それから三日間、仕事に行くことも許されず自室に閉じ込められていた。  食事は三食ともに用意されているが、リュカはそのほとんどに手を付けていなかった。食べ物を口にする気力がわかないのだ。  ジークはどうしているのだろう。  ジークもリュカ同様に軟禁されている状態なのだろうか。  そして番であるレイラとはどうなったのだろう。  考え出すと切りがない。夜も眠れず、狭い部屋から出られないことも手伝って、三日を過ぎると思考力が段々と落ちてくる。  自分はいつまで部屋の中にいなくてはならないのだろうか。もしかしてもう二度と、外の世界には出られない――?  ぞっとするような考えが浮かび、リュカは自分の身体を両手で抱きしめた。  父親にとって、屋敷の中でリュカを飼い慣らすことなど造作もないことだ。リュカが保竜官としての仕事を辞めたとしても誰も困らない。ブランやミハイルはもしかしたら気にかけて助けようとするかもしれないが、父親の権力にかかれば赤子の手を捻る様なものだろう。  ドアの向こうから、足音が聞こえてきたのはその時だった。複数人の足音はリュカの自室へと近づいてくる。リュカは静かに息を呑み、じっと扉を見つめた。  やがて足音が止まり、ノックの音もなしに扉が開く。入ってきたのは父親のエドモンとジークだった。  ――ジーク……。  途端にリュカの胸の鼓動は乱れた。  ジークは会えなかった数日ですっかりやつれていた。目の下には隈もあり、顔つきが暗い。  ジークは部屋の扉の側に立ったままだったが、父親は無言で部屋の奥まで進むと、一番作りの良い長椅子へと腰を下ろした。 「……リュカ。お前は私を裏切っていたようだな」 「父、さん」  父親は相変わらず感情が見えない無表情で固い顔つきをしていた。だがその声は酷く冷たかった。独特の威圧感がのしかかってきて、息がうまく吸えないような感覚に陥っていく。 「ジークと情を通じていたというのは本当か。レイラが抱き合っているお前たちを見たと言っている」  リュカはごくりと息を呑みこんだ。  反論ができるはずもなかった。ジークの番候補だったレイラには、決定的な現場を見られてしまっている。 「申し訳……ありません……」 「謝罪などいらぬ。お前はライネル家の誇りを汚したんだ。徹底的にな」  父親は心底呆れたようにはあ、と息を吐く。リュカは絶望的な気持ちになった。  ――父さんに見捨てられてしまう……。  そう思った瞬間、ぞわりとした。足元が崩れていくような感覚に身体が震えだす。  そんなリュカを見つめながら、エドモンはもう一度口を開いた。 「――だが幸いなことにこのことは露見していない。レイラは文句を言っているようだが、里親には十分な金を払って片を付けてある。このことを知っているのは私とお前、それとジークだけだ」 「え……?」  リュカははっと顔を上げた。 「どれだけ出来が悪くとも、お前はライネル家の人間だ。だからお前ならばわかるだろう? 家の誇りを保つために自分がどうすればいいのかを」  自分がどうすればいいのか……?  リュカは答えを求めるように父親の顔を見た。  父親もリュカを見ていた。  近い距離にいるわけでもないのに、父親の琥珀色の瞳の中に、目を見開いた自分の姿が映っているのがはっきりと見えた。  幼いころの小さな自分だ。その自分が叫んでいる。  こっちを見て、父さん。ゼノだけじゃなくて、俺のこともちゃんと見て。――愛して。  抑え込んでいた感情が膨れ上がる。父親に対して抱いていた愛情、親しみ、期待……。いくら削られ薄まっても、決して無くならなかったものの欠片が膨れ上がり、制御できない横暴さでリュカを揺さぶっていく。  くらりと頭の芯が歪む。リュカの口が勝手に開く。 「俺は……もうジークには会いません……」  自分自身の声は、どこかとても遠くから聞こえた気がした。 「リュカ……?」  ジークが小さな声を上げ、その瞬間リュカははっと我に返った。  自分で言った言葉なのに信じられず、自分の口を手で押さえた。 「リュカ……嘘だよね? 俺にもう会わないなんて」 「ジーク……俺は」  ジークは目を見開き、青い顔でリュカを見ている。  同時に横からも、父親の強い視線を感じる。  ジークと父親。  リュカが選べるのはどちらただひとつ―――。    ――俺が欲しいもの……。ずっとずっと欲しかったものは……。 「――ごめん、ジーク……。俺はお前を愛せない」  ジークが大きく瞳を見開く。その赤い瞳が、ゆっくりと絶望で覆われていく。  ――ああ、ジーク……。  嘘だよ、と言ってやりたい。  俺はお前が好きだよ、と抱きしめてやりたい。  だけどリュカは、父親に対する愛を捨てることが出来ない。  父親には愛されていないのだろう。リュカは優秀だったゼノの代わりで、出来損ないの人形だ。それが分かっていても、父親への愛と希望をどうしても切り捨てることが出来ない。今のリュカは、親に捨てられることを恐れる幼い子どもでしかなかった。  エドモンはしばらくリュカとジークの顔を見ていたが、静かに口を開いた。 「本当だな?」  リュカは喘ぐような呼吸で「はい」と頷いた。 「その誓い、忘れるな」  はい、とリュカは涙を流しながら頷いた。エドモンが立ちあがり、ジークの前に立つ。 「ジーク。お前もわかったな?」  ジークは扉の前にぼんやりと立ち尽くしたままだったが、やがて頷いた。 「……わかりました……」  そうしてジークは、リュカの前から姿を消えた。

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