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第18話
「――おいリュカ」
すぐ近くで自分を呼ぶ声がして、リュカはぼんやりと顔を上げた。竜舎のストーブの前に座り込むリュカの隣に、いつのまにかブランが立っている。
「薪、入れねえのか?」
「……あ」
ストーブに新しい薪を補充しようとして、そのまま手が止まっていたらしい。リュカは「すみません」と呟き、急いで新しい薪を入れ、火ばさみを置いた。
日が昇り始めた竜舎は静かで、薪が燃えるパチパチという音が響いている。最近はめっきり寒くなり、先週からストーブを稼働したところだった。
「お前さあ、ちゃんとメシ食ってる?」
「……え?」
「死にそうな顔してるよ。寝れてねえんだろ?」
ブランは眉を寄せながら、リュカの顔をじっと見てきた。
「……そんな顔……してますか?」
「おう。幽霊みたいな顔になってる。……ってそこのミハイルが言ってる」
ブランは顎でしゃくってミハイルの方を見やった。奥で箒を握りながらこっちを観察していたらしいミハイルが、「ええっ」と慌てている。
「そんなこと言ってないっすよー! ただリュカさん最近顔色悪いし元気ないから大丈夫かなーって心配なだけで……!」
ごにょごにょと言ったミハイルは「すんませんでしたっ!」とリュカに頭を下げて、追加のわら貰ってきまっす! と勢いよく外へ飛び出して行った。それを見送りながら、リュカはそっと唇を噛んだ。
ライネル家でジークと決別し、軟禁を解かれて基地に戻ってきてから一か月のときが経っていた。あのとき以来ジークには会っていない。
もちろん基地の中で姿を見かけることはあったが、お互いに声も掛けないし目も合わせない。他人に戻ってしまったような距離感になっていた。
これでいいんだ。自分は間違った選択をしていていない。
そう思いながらも、リュカは胸を突き上げてくる悲しみと寂しさで次第に追い詰められていった。夜眠れず、食欲もわかない。
だけど自分に与えられた仕事だけはきちんとしようと――それだけの思いで毎朝ベッドから起き上がり、食べたくもないパンを口に押し込んで日々の生活を送ってきた。自分ではうまく隠せていると思っていたが、全然駄目だったようだ。
「……心配おかけしてすみませんでした。仕事には支障ないようにしますので」
ブランにそう言うと、「そういうことじゃねえんだけどな」と困ったように頭を掻いた。
「俺たちはさ、ただ心配なだけなんだよ」
「心配……?」
「はあ? なに驚いてんの? 普通仲間が元気なかったら心配するもんだろ?」
『仲間』という言葉にリュカは目を瞬いた。ブランもミハイルも、自分のことを仲間と思ってくれているのだろうか。
「ほんっとお前さあ……」とブランは呆れたようにため息をついたが、真剣な顔になって口を開いた。
「赤竜のぼうやのことだろ?」
ジークのことを言われ、心臓がどきりと震えた。
「叙任式の日……お前のこと見てて思ったんだけどよ――」
叙任式――あのときリュカは初めてジークの番であるレイラと話をして、かなり動揺していた。思い返せば、普通では取らない態度も取ってしまったかもしれない。
リュカはさあっと青ざめた。
ブランはリュカとジークの関係を知らないはずだ。
だが鋭いブランのことだから、叙任式のときの態度やその後のジークの動向、リュカが数日ライネル家に戻っていたことなどから、リュカとジークの関係に感づいていても不思議ではない。それにブランは、レイラの育ての親のようなものだ。レイラ自身から何らかの相談を受けている可能性もある。
「あ……あの、それは……」
何かを言わなくてはならないのに、焦って言葉が出なかった。唇を開こうとするが震えてしまって声にならない。
そんなリュカの様子を見て、ブランが慌てたように「あ~」と自分の髪を掻きむしった。
「違うんだよ、違う! 別にお前から何かを聞き出したいわけじゃねえんだ。詳しくは何も言わなくてもいい」
「……え?」
リュカは驚いてブランの顔をまじまじと見た。ブランは眉を下げ、まるで病気の幼竜を見守るときのような表情をしている。
「わかんだろ。俺は……ってミハイルも同じだけど、ただお前のことが心配なんだよ。お前、昔みたいな顔をしてる」
「昔みたいな顔、ですか?」
昔、兄のゼノを失った後、しばらく何も感じられなかったあの頃。周囲の音も、誰かの声も、全部遠くに聞こえていた時期にリュカは眠れなくなり、夜ごと基地の中を彷徨っていた。そして真っ暗闇の中でもわずかに温かみの残るこの竜舎に辿り着いたのだった。それから毎晩のようにこの竜舎に入り込んだ。竜舎の隅でうずくまっていたリュカを、ブランはただ静かに見守ってくれていた。
だけど……今はあのときとは違う。
「俺は……平気です」
平気でなくてはいけないのだ。ジークを傷つけて捨てたのは自分だ。傷付けた側の人間が、被害者ぶっていいはずがない。
「リュカ……」
ブランはしばらく黙っていたが、やがて「耳に挟んだ話なんだけどよ」と前置きをして、小さな声で話し始めた。
「今ボードー基地が断続的に奇襲攻撃を受けているのは知ってるだろ? 近いうちに騎竜隊の応援をボードーにやるって話だ。その作戦には赤竜のぼうやも参加するってよ」
ブランの言葉に、リュカは息を呑んだ。
「ボードーに?」
「ああ、最前線だ。きっとかなり厳しい戦況だろうな。赤竜の坊やも……俺たちだって明日も無事に生きているなんて誰にもわかんねえだろ? だから、言いたいことがあるなら今言わねえと、一生後悔することになるかもってことだよ。お前ならわかるだろ、リュカ?」
リュカは黙って俯いた。ブランの言うことは理解できる。だけどどうにもならないこともある。
「リュカ、自分の心に正直になれ」
ブランの言葉が心の奥に静かに落ちたが、何も言えなかった。黙り込んだリュカの肩をぽんと叩き、ブランは去っていった。
それから一週間後、ブランの話通りに、ジークたち数名の騎竜と騎竜士たちはボードー基地へと飛び立っていった。
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