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第22話
ぷつっと意識が途切れ、次に意識を取り戻した時にはリュカは地面に這いつくばっていた。全身に激痛が走る。
「……く……」
しばらく息が出来なかった。脂汗を流しながらも、リュカは自分の身体の状態を探った。痛みがあるが、手も足もついている。内臓もどうやら無事なようだ。
――ジークはどこだ?
身体を何とか起こすと、数メートル先に赤い鱗に覆われた尾が見えた。視線を上に滑らせる。リュカは声にならない悲鳴を上げた。
身体の二倍ほどある大きなジークの左側の翼は、無残にも黒く焼けただれていた。背中の鱗も黒く焦げ、むき出しの肌が血と砂で汚れている。きっと翼を使って、あの火焔からリュカを庇ってくれたのだ。
「ジーク……!」
リュカはジークの身体の側へと四つんばいで這いずり進んだ。
酷い火傷は、ジークの顔にまで及んでいた。何度か呼びかけると、ジークはうっすらと右目を開けた。ぼんやりとしていた赤い瞳の焦点が合い、リュカを映す。
「ジーク……ごめんな……俺を庇ったから……痛いだろう? ごめんな……」
ジークは力なく、くう、と鳴いた。
――ジーク……。
リュカは唇を噛みしめた。
ジークの翼の状態では飛ぶことは出来ないだろう。飛ぶことが出来ないということは、逃げることが出来ないということだ。
きっとあの赤竜はジークを追ってくる。竜の大きな身体は針葉樹の森の木々は隠れない。すぐに見つかってしまう。
どうしよう。どうしたらいい――?
『逃げろ、リュカ』
そのとき、ジークの声が直接頭の中に流れてきた。
「え……?」
初めての経験する事態にリュカは目を見開いた。
今、確かにジークの声が頭の中で聞こえた。驚いているあいだにも、もう一度ジークの声が流れてくる。
『俺が時間を稼ぐから、リュカは逃げてくれ。俺はこの翼じゃもう飛べないし動けない。見つかるのも時間の問題だ。でもリュカだけなら逃げられる。お願いだ。逃げてくれ』
「嫌だ!」
矢も楯もたまらずリュカはジークの首に縋りついた。
「絶対にお前を置いていくなんてことは出来ない! 最後まで一緒にいるって約束した!」
『最後まで一緒にいてくれたよ。もう十分だ。俺はリュカだけには生きていて欲しい……』
「そんなの……俺だって同じだ!」
諦めたように穏やかな赤い瞳を見つめながらリュカは怒鳴った。
リュカだってジークに生きていて欲しい。誰よりも愛おしい大事な存在なのだ。置いて逃げられるわけがない。
ゼノが死んだとき、リュカは何も出来ずに地面に額をついて泣いていただけだった。でももう、昔の自分ではないのだ。
自分は役立たずじゃない。腰抜けでも弱い人間でもない。
――俺は竜騎士だ。
リュカは唇を噛みしめ、必死に自分に言い聞かせた。
――考えろ、考えるんだ。最善の策を……。
そのとき、リュカの頭には一つの考えが思いついた。
「ジーク……俺があの赤竜にペアリングをしてみる」
『え?』
ジークの赤い瞳が驚いたように揺れた。
「初めて会った時、面識がないお前にもペアリングが出来ただろう? きっとレグラントの赤竜たちにも出来るはずだ。ペアリングが成功して自我が戻れば、赤竜の攻撃を止めることが出来るかもしれない」
リュカの言葉に、ジークが目を見開き、切羽詰まった声で答える。
『駄目だ、リュカ、駄目だ――! どんな奴なのかもわからないのに、二体の竜人にペアリングするなんて、リュカの精神が持たない!』
「わかってるよ、ジーク」
ジークの言うとおりだった。
信頼関係が出来ていない竜人にペアリングすることは、人間側にはかなりのリスクがあるのだ。もし竜人の意識に弾かれたり攻撃を受けたりすると、精神が傷を負い、魂がこちらの現実世界に戻ってこられなくなる可能性がある。
それを敵側の竜人二体に対して同時にやろうというのだ。かなりの危険があることはリュカも理解していた。
でもやらないと……動けないジークはこのまま殺されてしまう。
「ジーク。これしか道はない。戦闘であの赤竜たちに勝つ勝算はゼロだ。これしか方法が思いつかないんだ」
リュカが話している間にも、敵に赤竜たちが近づいてくる気配がある。すぐ近くでめきめきっと音がして木が倒れた。その合間から二体の赤竜が姿を現す。
興奮に喉の鱗を逆立てて、苛立たしそうに長い尾を振り回している赤竜たちは、ぎらぎらと興奮しきった目でこちらを見据えた。
もう躊躇している暇はない。
必死に『辞めろ! 駄目だ!』と叫んでいるジークの声を無視して、リュカは覚悟を決めた。
目を閉じて、赤竜たちの意識を手繰り寄せる。遠い、遠い、暗闇の向こうでぎらぎらと憎しみの炎を燃やす二つの精神。
――捕らえた。
まるで荒れ狂って渦巻く灼熱の炎を覗き込んでいるようだった。触れたら最後、きっと己のちっぽけな存在など跡形もなく溶かされるだろう。
だけど決めたのだ。ジークは自分が守る。絶対に守ってみせる。
リュカは大きく息を吸い込み、真っ赤な渦の中へと飛び込んだ。
途端に全身を斬られるような痛みに包まれる。真っ赤な炎は刃のようで、むき出しの精神がずたずたに切り裂かれる。リュカは激流にもみくちゃにされながらも、深く深い深淵へと引きずり込まれていく。
目の前が真っ赤に染まる様な怒り、一番柔らかいところを押しつぶされるような悲しみと恐怖、息がつけなくなるほどのべったりと背中に張り付く孤独。
濁流になったそれらのものが代わる代わるリュカの心に押し寄せ、己という存在がばらばらに分解されていく……。
――ああ、もう駄目かもしれない。
目の前がぐるぐる回る。どちらが上で下なのかわからない。必死にもがいてもがいて――ぷつん、と大事なものが千切れたような音がした。
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