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第24話

 リュカはふっと目を開けた。  周りは真っ暗闇で、すぐ近くに包帯を巻いた誰かがいた。 「リュカ……! 良かった、気が付いた……」  リュカの目の前にいたのはジークだった。顔半分に白い包帯を巻いて、泣きそうな顔をしている。  ――あれ……?  記憶の前後がつながらなかった。自分は今までどこにいたのか、一体どこにいるのか……。 「ここは……どこだ……?」  声を出してみて驚いた。リュカの声はカサカサでひび割れたような音だった。せき込んでしまい、ジークが慌てたようにリュカの身体を擦る。 「声、出しずらいだろう? ずっと眠っていたから……」 「俺……ずっと寝てた……のか?」 「うん、三日くらい」  三日……? とリュカはぼんやりと目を瞬き、次の瞬間思い出した。  リュカはジークと共に侵攻してくるレグラント軍を迎え撃ったのだ。しかしレグラントにはジークと同じ種の赤竜がいて、戦ったが撃墜された。動けないジークを助けるために、敵の赤竜のペアリングを試みて――。 「俺は……もしかして精神が弾かれて戻って来れなくなったのか……?」 「ああ、そうだ」  ジークが頷いた。  あのとき、敵の赤竜のペアリング自体は成功したのだと言う。 「敵の赤竜の自我も戻って、そしてたら俺が仲間だって認識してくれて……だけどリュカの精神はいつまでたっても戻ってこなくて……だから俺がリュカをペアリングした」  ジークが自分をペアリングした……? 「そんなことが出来るのか?」  騎竜が竜騎士のパートナーをペアリングしたなんて、聞いたことがない。  だがリュカは、意識の底でゼノと会ったことも、真っ暗闇の底から誰かが自分の精神を引き上げてくれたことも覚えている。  きっとあれはジークだった。ジークが助けてくれたのだ。  あれほどの怪我を負っていたのに、自分の精神だって戻れなくなるかもしれないのに、危険を冒してまで助けに来てくれた……。 「それでジークは……怪我は大丈夫なのか?」  ジークは左目を覆うようにして顔の半分以上に包帯を巻いていた。腕や足にも包帯は巻かれていて、うっすらと血が滲んでいる。顔色も良くない。  だがジークは「なんとか」と言った。そして視線を落とす。何かを言いよどむような表情だ。 「リュカ……落ち着いて聞いてくれるか?」 「ああ……」 「いま俺たちがいるのはレグラント軍領だ。俺たちは捕虜として捕らえられてる」 「…………え?」  信じられない言葉が続き、リュカの頭の中は真っ白になった。  今自分たちは敵国であるレグラントにいる? 捕虜になった? 「嘘……だろう?」 「本当だ」  リュカは茫然とあたりを見回す。目が慣れてくると、ここは三方を壁にもう一方を鉄格子に囲まれた酷く狭い牢の中であることが分かった。日の光が全く入ってこないことを考えると、ここは地下なのかもしれない。 「え……待ってくれ……でも……」  混乱するリュカに、ジークはここに運ばれてから三日間に起きたことを教えてくれた。  まず怪我をしたジークとリュカは、レグラント兵に囚われたが、リュカにペアリングされて自我を取り戻したレグラントの赤竜たちが、ジークとリュカを庇ってくれたこと。  実はあのとき戦ったレグラントの赤竜はやはりジークの同族で、レグラント軍に捕らえられ家族を人質に取られてやむを得なく戦っていたということだ。  そんな微妙な立場でありながらも赤竜たちは、同族のジークと、その番であるリュカの命を助けるようにレグラント側に交渉してくれたと言う。  その結果、ジークとリュカは捕虜という立場ではあるが、最低限の治療を受けることができ、こうして命を救われたということだった。 「そんなことが……」  言葉が出なかった。同時に信じたくなかった。自分が敵国に捕らえられ、捕虜になったのだなんて。 「でも……独立軍はどうなったんだ? あれから戦いは?」 ジークはぐっと唇を噛んで俯いた。 「ジーク……?」 「独立軍は……ノースフェルトは……陥落した」  陥落した……? 「そ、そんなはずは……そんなはずはないだろう? あのとき一緒にいた竜騎士たちは? ブランやミハイルは? 父さんは?」  ジークは俯いたまま、「わからない」と呟いた。  もう祖国は残っていないかもしれない……?  そう思い至った瞬間、リュカの中で必死にこらえていたものが崩れた。 「どうして――っ」  髪の毛を掻きむしり、絶叫する。急に暴れ出したリュカをジークが固く抱きしめた。 「リュカ! リュカ!」 「離して! 離せ……っ」  そのとき、リュカの手の爪がジークの顔の包帯に引っかかった。頭にまかれていた包帯がはらはらと解け、その傷口が露わになる。リュカははっと息を呑んだ。  ジークの左の額から左目にかけての部分が焼けただれ、血と膿で覆われていた。 「ジーク……その目、見えないのか?」  一目で酷いやけどの痕だとわかった。皮膚が完全に癒着し、これでは瞼を開くことはできない。  ジークは俯き、黙って自分で包帯を巻きなおしながら小さな声で言った。 「……うん……見た目通りだよ。でも右目は大丈夫だ。だから大丈夫だ」 「大丈夫なわけないじゃないか! 片目だけじゃ距離感はつかめない。飛べない!」  竜人にとって、空を飛ぶことは生きることと同じだ。ジークは生きる喜びを奪われたのだ。リュカの目からぼろぼろと涙が流れ出す。 「どうして……ここまで奪われないといけないんだ……?」  なぜ愛しい大事な人の大事なものを、大切な祖国を、かけがえのない人の命を奪われなくてはならないのだろう。 「リュカ……いいんだ、片目がみえなくなっても、飛べなくなってもいいんだ。俺たちには命があるだろう?」 「だけど!」 「本当にいいんだ。リュカの隣で生きていられれば、俺はそれだけでいい」 「ジーク……」 「生きよう、リュカ」  ジークはリュカの手を握り締めた。その瞳からは涙が流れていた。 「俺たちは生き残った。生きなくちゃいけないんだ。死ぬまで生きることが、生き残った人間の義務だ」  生き残った人間の義務――。  リュカは茫然とその言葉を繰り返した。  リュカは死ぬまでノースフェルトのために戦う決意をしていた。捕虜として生き永らえてしまうなんて想像もしていなかった。  だけど自分たちは今生きている。  生き残ってしまって申し訳ないと思う。  祖国のことや仲間のことを思ったら、もしかしたら、自分たちは自死するべきなのかもしれないとも思う。  だけど――きっと死ぬことは生きることよりもたやすい。  人は簡単に死んでしまう。この世にはたくさんの見えない穴が空いていて、知らず知らずにその死という深い穴に足を掛けてしまう人がいる。またはほんの数センチの差で、なにごともなく、また穴の存在を知らず、そこを駆け抜けていく人もいる。  選ぶことは出来ない。生きることも、死ぬことも、選ぶことは出来ないのだ。  だとしたら自分には何が出来るのだろう。  リュカは感覚が無くなった手でジークの手を握り返した。  ――生きる……。  そうだ、生きることだ、とリュカは思った。自分には生きることしか出来ない。 「生きよう、ジーク……」  リュカは震える唇で呟いた。  ジークが顔を上げ小さく頷く。赤い瞳からガラス玉のような涙が流れ落ちる。 「……うん。……生きよう、リュカ。……何があっても、どこであっても、二人一緒に生きられる選択をしよう」  リュカもまた、涙を流しながら頷いた。  死ぬまでは生きる。  そして決してこの手は離さない。決して生きることを諦めない。  リュカとジークはお互いの体温だけを感じながら、いつまでも暗く冷たい牢の中で涙を流した。

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