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第7話 みんな滅びてしまえばいいのに
海辺の王国、フィラード。シリルが宮廷魔術師として仕えた宮廷がある王都、リッセルでは他国との貿易が盛んに行われており、異国人も闊歩している。魔術が幅を利かせてはいるが、魔術から派生した科学技術も市民の生活には取り入れられていて、オートモービルも市民の移動の足として使われている。
だが、それはあくまで王都での話。リッセルを一歩出れば、百年以上の文化の開きがある。
目に映るのは、ごくごく簡素な低階層の建物ばかり。そそり立つような堅強な煉瓦造りの建物がひしめくリッセルの街とは違い、太陽を遮る建物など皆無だ。道行く人の数も圧倒的に少ない。ジェラールと別れ王都を出てからこっち、荷馬車へ相乗りを繰り返しながらここまでやってきたが、一日中通行人を目にしない日すらあった。
こんなに違うものだったのか、と驚きを隠せないし、自分がいかに無知だったのかと思い知る。ぬくぬくと王都で甘やかされていただけでは見えないものもある。
もっとも……知ることができてよかった、などと前向きな気持ちになど、到底なれはしないが。
――助けて、お兄ちゃん。
右耳の紅玉の耳飾りがじん、と熱を持つ。アリスも同じものを左耳に着けていた。自分達を繋ぐ赤を手で包み、うなだれたとき、おにいさん、と声がかけられた。
荷馬車の後ろに乗せられていたのだが、いつの間にか馬は足を止めていて、周囲の風景もグレーの空を押し上げる白々とした山影ばかりになっていた。
馬車の幌をかき分け顔を出すと、荷馬車を駆っていた男が御者台から顔を引っ込め、よっこいしょと地面に降り立つところだった。
「着いたよ。ここがニジャール山のふもとだ。あそこの小道をまっすぐ行くと、カレイド村がある。けど、本当に行くのかい?」
太い眉は気遣わしげに寄せられている。
「道はあるにはあるが、今年はいつも以上に雪が深い。距離は二リールってとこだけど、雪に埋もれて道なんてあってないようなもんだ。下手すれば迷っちまって凍死だよ。せめてこの村で雪解けまで待って登ったらどうだい? 給金を出すことはできないが、馬の世話をしてくれるならうちで冬越ししてもらっても……」
「せっかくだけど、急ぐから」
善人というものはもしかしたらこうした過疎地にこそ多く存在しているのかもしれない。リッセルからここまで三百リール。馬で移動して五日ほど。その間、相乗りさせてくれないかと頼み続け、複数人の手によってここまで辿り着いたのだが、王都に近い場所では断られてばかりだったのに対し、王都から離れれば離れるほど、ふたつ返事で了承してくれる者ばかりだった。
やはり王都はぶっ壊そう。それがいい。決意を固めながらシリルは荷台から飛び降りる。
黒いフードで顔を隠し、頭を下げる。が、背中を向け、示された小道へと向かいかけて思い直し、足を止めた。
「あのさ」
「なんだい」
……こちらのほうがおかしいのかもと思ってしまうくらい平和ボケした声だ。
「簡単に人を信用しないほうがいい。俺みたいなのを不用意に乗せて命を取られることだってあるんだから」
「へ?」
思いもよらぬことを聞いたというように男の口が開く。シリルより二十は年上そうだが、無邪気さすら感じる。無防備にも程があると呆れていると、男はいきなり笑い出した。
「なに言ってんだい。あんたみたいなやせっぽっちの坊ちゃんに殺されてたまるか」
「人は見た目によらない。俺が魔術師だったらどうする? 人を殺めることだって」
「魔術師だって? 馬鹿言っちゃいけないよ」
男は、もう我慢できない、と言いたげに本格的に笑い出した。腹を抱えてひとしきり笑ってから、腕を組んで噛んで含めるように言う。
「人を殺せる魔術なんて存在しない。そもそも魔術ってのは人を助けるためにしか使えないんだろ。そんなの常識だろうに」
「……そうとは限らない」
小声で言い返したが聞こえなかったらしい。会話をそうそうに打ち切った男は、そうだそうだ、と手を打って小屋に入ると、麻袋をひとつ抱えて出てきた。
「これ、干しておいた芋。よかったら食べな」
「……不作だ不作だとさっき言ってなかったっけ」
道すがら、今年は農作物の実りが悪いとぼやいていたのに。シリルの戸惑いをよそに、麻袋が胸元にぐいぐいと押しつけられる。
「いいから取っておきなって。訳ありみたいだけどさ、食って寝て、しっかりお天道さん仰いでりゃあ、明るい日はやって来る。見ちゃいられないんだよ。あんたみたいなの。うちの息子と歳も変わらないみたいだし。遠慮するな」
「子ども、いるんだ」
袋からは、思わず手を伸ばしたくなるようなふくよかな香りが漂ってくる。正直、手を伸ばしたくなった。だが続けられた一言で、触れかけた指が凍りついた。
「いたんだ。五年前に流行り病で死んじまった。魔術師さまにも診てもらったが、助からなくて。まあ、魔術師さまだってしょせん人間。期待しちゃいけなかったってことだろうけど、がっかりはしたなあ」
思い出すように男は目尻を拭っていたが、その声はすぐに明るさを取り戻した。
「いや、湿っぽい話をしたな。気にしないで……」
「いらない」
……がっかり、だと?
瞬間、激しく苛立った。こんな辺境でも魔術師が頼られていることに。自分達を救ってくれるものだと信じられていることに。いいや、それだけじゃない。
魔術師なのだから助けて当たり前だと思われている。
こいつの息子を診た魔術師だってきっと全力で術を施したのだろうに、その気持ちも考えずにがっかりだなんて。
守られるばかりの分際で、よくも言えたものだ。こちらが守ってもなにもしてくれないくせに。
自分とは直接関わりなどないのに、怒りが収まらなかった。
だから、思い切り袋を払いのけた。ばらっと芋が散らばり、白い大地に生きた色が刻まれる。その上に足を下ろした。そればかりではなく、悪意を込めて踏みにじった。
おい、と男が怒鳴るのが聞こえたが、それを無視してシリルは走り出した。振り向かずにひたすらに走るうち、男の声も馬のいななきも、なにもかもが遠く霞んだ。あとにはただ、降り注ぎ、渦を巻く、雪風の音だけが耳を汚した。
罪悪感は、一切、なかった。
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