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第11話 「いい声してる」

 ぎこぎこ、と音がする。木材だろうか。なにかを切る音のようだ。室内からじゃない。部屋の外から聞こえる。聴覚を刺激する音に続き、鼻先にふわっと香りが漂ってくる。  ほんのりと甘くまろやかな香り、これはなに。  嗅覚に揺り起こされるように視覚が目覚める。うっすらと目を開けると、黒ずんだ天井の梁が目に入った。  先程目が覚めたとき、窓の外は暗かった。今は昼なのだろうか。寝台の横にある窓からは柔らかな白い光が落ちてくる。  きっちりと首までかけられた掛布をそうっとはぎ、足を寝台の下へと下ろす。室内は暖められていたが、床はひやりと冷たい。靴を探したけれど見当たらなかった。  そこでふっと、意識を失う直前の会話を思い出した。  ――眠りな。  額に触れた唇。耳の奥へ流し込まれた、声。  あれは術だ。おそらくは強制的に眠らせる術。  あの男は確かに闇の刻印をその身に宿した、闇魔術師(オブスキュリティ)なのだ。  そう悟ったら矢も盾もたまらなくなった。裸足のまま床を踏み、室内を探る。小さな小屋だ。寝かされていたこの暖炉の部屋と繋がる場所に台所と風呂、便所といった設備がある。部屋の奥には簡素な梯子があり、天井近くに小さな小部屋が設けられているのがわかる。  広さと調度からしてひとり暮らし。家族はいない。ごくごく一般的な住まいといえそうだ。ただ、闇の魔術師らしい空気はないし、彼の姿も見当たらない。  外へと通じる扉を開くと、目の前に広がっていたのは茫洋とした白だった。入口自体が雪によって塞がれたみたいに白しか見えない。視線を彷徨わせて、自分がいた建物の脇にもう一棟小屋があり、その小屋に向かって真っすぐに伸びる足跡を見つけた。  ぴりぴりとした冷たさに足の裏を刺されながら小屋へ急ぎ、古びた丸いノブを力いっぱい握って回す。呆れるほどたやすく扉は開いた。  まず鼻腔に入り込んできたのは、懐かしさを誘う木材の香りだった。次いでざりざりと木を削る音が耳をくすぐる。視線を転じた先、部屋の奥にシリルは、探していた人物の姿を発見した。  彼は襟付きの白い上衣に黒の下穿き、その上に厚手の前掛けを身にまとい、作業台に屈みこんで木の棒にやすりをかけていた。  一心不乱に手を動かしているので、扉が開いたことにも気づいていない。額には玉のような汗が浮かび、雫となって頬を伝い、顎先から落ちようとしている。  このままだと手元の木に汗が染みこんでしまう、とちらっと思ったとき、ぐい、と手の甲で乱暴に額が拭われた。その流れのまま、黒い目がこちらを捉え、すっと見開かれる。 「お。やっと起きた。三日昏睡って。死んだのかと思った」 「死んでない」  まとまった睡眠を摂ったからだろうか。声の調子が戻っている。喉に手を当てるシリルを見てヤンが、ふ、と短く笑った。 「声、戻ったのか。倒れる前はガチョウみたいだったのに」 「ガチョウ……」  実際に聞いたことはないが、褒められていないことは確かだ。思い切り顔をしかめると、ヤンは肩を揺らして笑いながら腰を伸ばし、前掛けをぱたぱたとはたいた。  はらはらと木の粉が床へと散った。 「いい声してる。雪解け水みたいな。言われたことない?」 「ない、けど」  この男はなんなのだろう。調子が狂う。困惑しながら彼がさっきまで作っていたものに目をやる。削り出された棒、軽いくぼみを設けられた板。これは、椅子、だろうか。 「家具、作る、人?」 「そ。結構評判いいんだよ。たまに王都からも注文ある」  闇魔術師(オブスキュリティ)が家具職人? 目を剥いている間に彼が近づいてくる。目の前までやって来たところでぐい、と腕を掴まれてぎょっとした。 「お前、馬鹿」

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