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第16話 抱え上げて。
翌日からシリルは小屋の地下に作られた書庫に籠った。
闇の術師として仕事をしていたという彼の祖父が残した書籍は膨大で、狭い地下室の壁全面が術式を記したと思しき本で埋め尽くされていて、正直どこから手をつけるべきか迷うほどではあった。が、もとよりすべての術を使える必要もないのだ。目当ての術さえ習得できればいい。と思ったのだが、文献を検め始めてすぐ、シリルは頭を抱えてしまった。
すべてが古の言語 で書かれていたために。
光魔術は闇魔術がもとになっている。だからシリルも多少はモーシアンの知識がある。が、本当にごくわずかだ。専門用語がひしめく魔術書を読み解けるほどではない。
光の魔術が闇の魔術よりも浅すぎる歴史しか持たぬことをつくづく思い知ったが、ここで諦められるならばこんなところに来はしない。
幸いにも本棚の中にはモーシアンの辞書も転がっていたからそれを引きながら本に屈み込み続けていた。
とはいえ、やはり独学は厳しい。
ランプの炎が大きく揺らめく。文字が滲む。
……ああ、なんでもっとモーシアンを学んでおかなかったんだろ。王都にいたころから興味を持って学んでいれば……。
「おい、こら」
ページをめくろうとしていた手が不意に掴まれた。文字に埋め尽くされていた視界にいきなり現実が入り込んでくる。瞬いた後、手を掴む手から視線を上向けると、深々と溜め息をつく男の顔が見えた。
「お前な、なんでこう毎日毎日俺の手を煩わせるわけ。飯の時間には上がってこいと言ってるだろうが」
「いや、あんたこそ、何度言わせるわけ。食事なんて必要ない。食べている時間が惜しい」
「馬鹿なの? お前、本気で」
きりりとした眉が盛大に顰められたが、馬鹿と言いたいのはこちらのほうだった。
こいつはなんのつもりなのか、一日三回、必ず食事だと呼びにくる。無視しても馬鹿力で机から引き剥がされ、表に引きずり出されて食べるまでは戻ることを許してくれない。
「何度も言ったけど、古術ってやつは命がけなの。そーんなへろへろで会得できるわけないだろうが。いい加減、学習しろ、くそが」
「……そこまで言われないといけない理由がわからない」
「悪いね。こちとら育ちが悪いもので。まだがたがたぬかすなら抱え上げて外出すけど。どうする?」
抱え上げて。
抱き上げられたときの顔の近さを思い出してしまい、シリルは椅子から立ち上がる。
あんな変な気分になるのはごめんだ。
「そうそう。そうやってちゃっちゃと毎回出てこいや」
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