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第20話 もう二度と助けないつもりだったのに。

 大声で怒鳴ると彼の動きが止まった。その彼の体を手荒く背後へと押しやり水流を見据える。  うねる川。その川面を撫でる風。どちらも冬に引きずられ牙を剝いている。聞く耳を持たず荒れ狂う彼らに波長を合わせ、息を吸い、吐く。呼気に含まれる水蒸気に反応して風が揺らぐ。  ――手を、伸ばして。  肉眼では見えない空気の色をした腕。でも魔術のフィルターを通せば見える。その腕が水の中へと差し入れられるのが。  ――浮かせて。  次いで水へと働きかけると、狂ったように流れていた奔流が呼吸を穏やかにした。自身の中に沈んでいた少女を水面へと押し上げてくれる。  それを風が抱き取る。そのまま、透明な腕はまっすぐに伸び、少女の体は過たず、シリルが差し伸べた腕の中へと届けられた。 「寒い……」  しかし、水の中にいた時間が長かったからだろうか。少女の頬は青ざめ、体全体がずっぷりと重たい水を含んでしまっている。慌てて手を伸ばそうとするヤンを制し、シリルは彼女を抱きかかえ目を閉じた。  ややあって少女をくるんだのは、春の温もりを抱いた風。  温風によって顔に張りついていた髪が徐々に解け、体に巻きついていた衣服にもふんわりと空気が含まれる。頬も薔薇色に染まっていく。 「すご……」  間の抜けた声でヤンが呟いたと同時に、少女がぱっと目を開いた。慌てたようにヤンが彼女の顔を覗き込む。 「平気か? どこも痛いとこないか?」 「ない! びっくりしたあ! すっごくあったかいの!」  元気いっぱいに笑う彼女を見て、ヤンの肩がふっと緩んだ。元通りはしゃいでいる少女を抱き上げた彼は、安堵を顔に滲ませながらこちらを見た。 「ちょっとこの子、家まで送り届けてくるわ。お前はその辺で枝、拾ってて」 「……わかった」  頷くシリルに、ばいばい、と少女が手を振る。その彼女の頭をヤンが軽く小突いた。 「助けてくれたのはこのお兄ちゃんなんだぞ。ありがとうは?」 「え、そなの? ありがとー! きれーなおにいちゃん!」  小さな手が木の葉みたく閃く。返事もできない間にヤンは歩き出してしまい、少女もまた興味を失ったように何事かをヤンに向かって軽やかにさえずり始めた。その彼らを見送りながらシリルはそっと胸を押さえる。  苦しくは、ない。つまり今の魔術は自分のために使ったわけじゃない。誰かを助けるそのためだけに発動したということだ。  くっと外套の胸元を握り締め、シリルはうなだれる。 「なんで、俺」  自分はもうそんな魔術、使わないと決めていたはずなのに。人なんて、どうでもいいのに。  ありがとう。そう言って笑った少女の顔がなぜか頭から離れなかった。 「無駄なこと、しちゃった……」  激しく頭を振り、振り切るように雪の原へ向かって歩き出す。  枝を拾ってやる義理なんてない。そもそも蓄えた知識をあいつに試すためについてきたのだ。薪のことなんて知ったことじゃない。さっさと帰ろう。  ……そう決めたにもかかわらず、落ちていた小枝を帰る道々拾ってしまったその理由は、いまいち自分でもわからなかった。

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