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第26話 「しよう」
これは……冗談なのだろうか。
真意がわからず首を傾げるが、ようやくこちらに向けられた顔は、ふざけているわけでもなんでもない至極真剣なものだった。
「光魔術師 に闇の術を使うために必要な刻印を渡す方法がそれしかない。他にもあるかもしれないが俺は知らないから」
「それってどういう……」
「性交によってお互いの間にラインを繋げるって意味」
「せ……」
性交と言ったか? 性交って……とぐるぐるしている間にもヤンは淡々と説明を続ける。
「ラインが繋がれば、お前は俺との間に道筋ができて、俺を通して闇の刻印の加護を受けられる。俺も光の術が使えるようになる。単純明快な方法ではあるな」
「待って……それ、あんたは、いいの?」
なんでもないことのように言っているが、こいつは平気なのだろうか。額を押さえながらそろそろとシリルは尋ねた。顔はとてもではないが見られなかったので俯いたまま。
「あんたまで禁忌を犯すってことになるよね」
「まあなあ」
深い諦めが込められたその声に顔を上げると、彼のほうが目を伏せた。長い睫毛が艶やかに光っていて、いつもの軽薄な態度とそぐわなくて、シリルはわけもなく戸惑う。
……なんだろう、つい見てしまう。
「でも、思っちゃったんだよ。継ぎたくもないのに受け継いできた血が初めて役に立つのかもなあって。忌み嫌われて、人殺ししかできなくて、そんなろくでもない術が少なくともお前の役には立つかもしれないって思ったら、まあ、悪くないからさ」
「人ならざる者に墜ちても?」
「人殺しはとっくに人ならざる者だよ」
冷めた口調で言われ、シリルは口を噤む。ヤンがカップを、かたん、と置く。黒々とした目がランプの光を鈍く反射する。底が見えないのに、不思議と美しい目だと思った。
「どうする? やめる? それでも俺はいい」
「男と寝るって……そこはいいの、あんた」
こんなことを訊く日が来ると思わなかった。自分の頬が赤くなっているのがわかる。それを隠すように俯いたシリルの髪になにかが触れた。
テーブル越しに伸ばされた彼の手だった。
「抱けるか試すつもりでさっきキスしてみた。あれで俺は大丈夫って思ったけど。シリルは?」
名前を呼ばれて……ずくっと心臓が疼いた。
髪を撫でる手の動きと、自分の名前を呼んだ彼の声に、心の内側を撫で上げられたような気がなぜか、した。
心なんて動くはずがないのに。
このタイミングで動いた事実に困惑しながら、シリルは頭を乱暴に振った。髪と戯れる手を払い、険しい目で目の前の男を睨む。
そうだ、心を乱している時間なんてない。
自分には目的があるのだから。こんなところで立ち止まってなんていられない。
これはだから、願ってもない提案なのだ。
「しよう」
「ん」
ヤンはいつもの彼らしくもなく寡黙で、軽く目を伏せて頷いただけだった。
向かい合って座ることになんてここ数日慣れていたはずなのに、目の前の男がいつもとは別人になった気がして落ち着かない。なにか声をかけるべきか。でもなにを? 迷っているシリルの前で、ヤンが突然立ち上がった。ゆっくりと椅子を引き、テーブルを回りこんで近づいてくる。そうされて今すぐ自分も立ち上がって逃げ出したくなった。だって、怖い。
でも逃げたら、なにも始まらない。
必死に椅子に腰をしがみつかせている間に、ヤンがすぐ脇に立った。テーブルに置いたままにしていた手がすっと引かれ、ふわりと体が引き起こされる。その勢いのまま広い胸の中に抱きしめられていた。
やっぱり逃げたい。が、きゅっと瞼を下ろすことで作った闇の中、嗅覚に触れるものがあり、誘われるようにしてシリルは目を開けた。
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