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第30話 俺はこんなにも。
あれから数日経ったが、体を繋いだからといって即座に闇魔術が使えるということではなかった。
「使うための準備ができたってだけ。今まで通り勉強は必要」
素っ気なく言い、出来上がった食事をテーブルへと運ぶ彼を横目に見ながら、シリルは魔術書の文字を目で追う。
「……わかってる」
「あといきなり大技なんて使ったら反動で死ぬから、ちゃんと体慣らして」
「わかってるってば」
属性は違えどもこちらも魔術を学んできた身だ。馬鹿にするな、と口を尖らせながら彼を見ると、彼もこちらを見ていた。黒い目がわずかに見開かれた後、ふっと和らぐ。
「なに」
「いや、別に。ほら、飯食うし。本しまえよ、お子様」
お子様。
普段通りの子ども扱いそのものの呼び方にいらっとした。
別に変わってほしいと思っていたわけじゃない。わけじゃないが……それでももう少しなにかないだろうか。だって自分達はあんなことを。
そこまで考えて我に返る。そもそも愛情があってしたわけじゃない。あくまで目的のためだけの行為だ。だからこいつのこのいつも通りの態度は当たり前でなんの問題もないものだ。むしろ不満を感じている自分のほうがおかしい。
「俺、いらない」
硬い声で告げ、席を立つ。彼のほうを見ないように脇を通り過ぎ、地下室へと向かおうとする。が、その途中でくいっと手首を引っ掴まれた。
「飯は食えって」
「いらない。時間、ない」
「焦ったってできるようにはなんないぞ」
あやすように手首を揺すられ、かっとなった。
「それでも焦る! 俺がここにいるのは目的のためだから! ここで呑気にあんたと飯食うためにいるわけじゃないから!」
言い放つと手の力がわずかに緩んだ。あ、と思う間もなくするっと手が解ける。彼の顔を見下ろしたが、取り立ててなんの感情も浮かんでいなかった。それを見たらなぜか苦しくなった。
なんで、怒りもしないのだろう。なんでなにも感じていないみたいな顔ができるのだろう。
……俺はこんなにも……。
「とにかくもう、行くから」
逃げるように地下室へと駆けこみ、扉を閉じる。ずるり、と床に座り込みながらシリルは右手で左手首を握り締めた。
おかしい。なんだか、おかしい。
どうしてこんなことになったのだろう。ただの手段でしかなかったはずなのに。こんなことしている場合じゃ、ないのに。
「そうだ。やら、なきゃ」
床に張りつきたがる体を必死に引き剥がし、部屋の奥、書架の間に埋もれるようにして備えつけられた机へと向かう。もとは整然としていたはずのそこもシリルが引っ張り出した本によってすっかり荒れていたが、ヤンになにも言われないことをいいことに、好きなように使っている。
あいつがなにも言わないでいてくれる、から。
食べないなんて言ってしまって悪かったろうか。あいつだって職人としての仕事があるのに、暴言を吐きまくる自分みたいな居候のために食事まで作らせてしまって。
食事、あいつは摂っているといいな、とぼんやりと思ったところでふと思いついた。
こういうときに使える術が闇魔術にはある。確か、指定した人間の影に入り込むという術だ。試してみるのもよいかもしれない。ちゃんと食事をしたか確認することもできるし、練習にもなる。
そうだ、そうに違いない、と謎に自分を納得させ、シリルは机の上で指を組んだ。
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