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第36話 代償

 いつからそこにいたのだろう。頭の先から爪先まで黒一色の装束を身に着けた三人の人物に取り囲まれていた。フードに隠れて顔は見えない。  声を出す間もなく背中側の人物によって腕がねじり上げられる。暴れようとしたが両肩がなにかに押さえつけられ、突き飛ばされるようにして地面に膝をつく。  必死に彼らの体の隙間を透かし見ると、家の中からふたりがかりで引きずり出されてくるヤンの姿が見えた。 「ヤン!」  叫んだシリルをヤンの目が捉える。地面に押しつけられたシリルに向かって彼が手を伸ばす。その彼の腹を、彼を引っ立てていたうちのひとりが力任せに殴打するのが見えた。  かくり、と糸が切れたように彼の体が雪の上へと崩れ落ちる。それをさらにもうひとりの黒衣の男が踏みつける。 「やめ、ろ」  ガチョウみたい、とまたヤンに言われてしまいそうだ。でも声がひび割れるのを止められなかった。だってそうだろう。なぜこいつらはあんたに乱暴をする? なんであんたに?  ……許せない。 「やめろって言ってんだろ!」  叫んだと同時に、ヤンに暴行を働いていた男の腕がねじ切れた。白の中に鮮烈な赤が火花のように舞う。ぴんと張った冷気を断ち切る絶叫に別の男の声が重なる。もうひとりの男の右足が血をまき散らしながら吹き飛んでいた。 「こいつ……まさか」  とり囲む三人の間にざわっと緊張が走る。自分を押さえつけていた手に怯えに似た動揺が滲む。その隙を見逃せるほど、シリルはお人好しではなかった。素早く立ち上がり、戦いている奴らを凝視する。胸の前で指を組む。あとは念じるだけ……。 「おやめなさい」  口を開いたのは、少し下がった位置で佇んでいた人物だった。小柄で背も高くはない。声からして女性だろう。だが、他の黒衣の者達とは明らかに違う落ち着きが立ち姿から感じられた。 「あなたの力、一介の魔術師ではあり得ない。禁忌を犯したのですね。それ以上やれば、あなたではなくヤンの身がもちません。ですからおやめなさい」  この女はなにを言っているのだろう。意味がわからない。  ヤンの身が……もたない? 「見せてあげなさい。この方に」  命じられ、黒衣のうちのひとりがヤンのもとへ近づいていく。身を硬くするシリルを女性がすっと手を上げて制す。見なさい、と顎で示され、震えながらもそちらに顔を向けた。  意識を失っている彼から上衣が容赦なく剥がれ、背中があらわにされる。男達の手荒な手つきに怒りの声を上げようとして、声を失った。  ざらり、とぬめった輝きを放つなにかが背中一面を覆っているのが……見えた。 「禁忌を犯せば人ならざる者に墜ちる。あなた達は越えてはいけない一線を越えた。そして伝承の通り、報いを受けているんですよ。術者のあなたではなく、あなたに力を分け与えた、ヤンがね」  地面に倒れ伏した彼は動かない。その背中に光る銀色をシリルは呆然と見つめる。  それは……無数の鱗だった。親指の爪ほどの大きさの鱗がびっしりと彼の背中を覆っていた。  見たものが信じられなかった。だって、そんな素振りはまったくなかった。いや、彼の肌を見たのは体を重ねたあのときだけだから気づかなくても仕方ないのかもしれない。でも自身の体の変化を、彼はなぜ言わなかった?  なぜ、言ってくれなかった?  押し寄せてくる感情の波に任せ、彼に駆け寄ろうとする。そのとたん、首筋にがつん、と衝撃が走った。 「ふたりを運びなさい」  女性の声が遠くから響く。雪の上に崩れ落ちたところを容赦なく引き起こされる。手荒な手により、縛り上げられたとわかったが、意識が朦朧としていて、もう指一本動かすことはできなかった。  ただ、どうして、と唱え続けることしか、できなかった。

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