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第37話 「愛している」

 連れてこられた場所がどこなのか、判然とはしない。ただ目覚めたその場所が、ヤンと関わりの深い場所であることはわかった。  彼らは一様にヤンと同じ髪と瞳の色をしていたから。けれどそんなことはどうでもいい。 「ヤンは、どこに……」  牢と思しき場所で目を覚ましてすぐに尋ねたが、見張りらしき男はただ一度、ぎっとシリルを睨みつけただけでなにも教えてはくれなかった。  右足首に絡みついた拘束具には鎖が付いており、それは牢の石壁に穿たれた金具に固定されている。牢の中は移動できそうだがそれ以上は難しい。頭がふらふらしたが、じっとなんてしていられず、シリルは鎖が届くぎりぎりまで移動し、格子戸を両手で掴みゆすった。そんなことをしても開かないとわかっていても、やめられなかった。  やがて、格子がぬめり始めた。それがなぜかを確かめることもなく、さらにゆすり続け、どれほどの時間が過ぎただろうか。 「おやめなさいな」  格子の向こうに人が立った。長い黒髪を肩から滑らせた目鼻立ちがくっきりした女性だ。見知らぬ女だが、その声には聞き覚えがあった。  あのとき、自分を止めた女だ。 「ヤン、は?」  声がしわがれている。だがそんなことはどうでもいい。飛びつくように格子ににじり寄ると、彼女はあからさまに嫌そうに眉間にしわを作った。 「安心なさい。生きています。といっても異形化は始まっているし、人としての意識がいつまでもつかわからないですけれど」 「異形化……?」  禁忌を犯したのだ。報いがあることはもちろん覚悟していた。でも、それがなぜ彼の身に降りかかるのだろう。 「術を使ったのは俺だけです。彼は魔術を使わない。異形化なんてあるはずが……」 「あなたはとんでもない勘違いをなさっているようですね。いいえ、勘違いするように仕向けられた、というところかしら。ヤン・デ・カヌに」  この女はなんなのだろう。そもそも端から彼のことを知っている口ぶりではなかったろうか。不信感もあらわに彼女を見つめ返すと、不意に指先に冷たいなにかが触れた。  見ると、格子戸に絡めていた手に彼女が手を重ねていた。そうされて、自分の手がおびただしい血に濡れていることに初めて気がついた。 「こんなになるまでしてここを出ようとする。それは彼のためですか? あなたと彼はどんな間柄だったの?」 「あなたこそ、彼となにか所縁がある方ですか」 「この髪と目の色を見ればわかるのではないですか?」  切り返したシリルを彼女は真っ黒な目で見返す。数秒そうしてから彼女は自身の黒髪をそうっと片手でつまみ上げてみせた。 「我々はヤンと同じ血を持つ者。この血を持つ者だけが神から与えられた術を使うことが許されている。ですからこの髪も瞳も我々にとっては誇りです。しかしその誇りをないがしろにし、我々から離反する者もいる。カヌ家のように。その離反者を見つけ出し、粛清するのが私の役目。しかも」  つと女の手に力が籠る。力任せに握られ、指先が激しく痛む。が、振り解けない。はっきりと憎悪が込められた握り方だった。 「彼はあなたと通じ、禁忌を犯した。異例のことですし、即時処刑にはなりませんでしたけど、どうなることか」 「ヤンが光魔術を使えばそうでしょう。でも彼は使ってない。あいつは俺に利用されただけです。俺には闇魔術の力が必要だった。だからあいつに近づいた。ただそれだけの話です」 「そう。でもヤンは違うことを言っていましたよ」  ゆったりと女は笑み、格子の向こうからこちらに顔を近づけてくる。 「俺はシリルを愛している。禁忌を犯すつもりで繋がったわけじゃない。彼はなにも知らない。だから彼は解放してあげて、と」

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