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第41話 怒り

 ――お兄ちゃんって、かっとなるととんでもないことするよね。  昔、アリスに言われた言葉を牢の壁にもたれながらぼんやりと思い出す。あれはなんのときだったろうか。思い出せないが、確かに昔から自分にはそんなところがある。  喧嘩っ早いというほどではないにせよ、怒ると後先考えず動いてしまう。その悪癖のせいで今、ここにいると言っても過言ではない。  ただ、あの広間で啖呵を切ったことに関しては後悔していない。  悔いがあるとすれば、ひとつだけだ。 「すみません」  牢の外へ向かって声を投げると、嫌悪の色をあらわにした顔で見張り役の男がこちらを格子越しに見た。 「最後に一度、ヤンに会うことは叶いませんか」 「はあ?」  質の悪い冗談を聞いたと言いたげに声が跳ね上がる。そう言われるのも当然だ。だが、諦めたくはなかった。 「もうすぐ僕は死ぬ。でも、彼は僕のせいで手ひどい痛手を受けた。そのことだけは謝らないと死んでも死にきれないから」 「そんなこと許されるわけがないだろう。今更しおらしくしても遅いんだよ」 「確かに、でも」  ……会いたいんだ。  なんて、言えるわけがない。唇を噛みしめて格子を握り締める。本当に俺は馬鹿だよ、と心の中でアリスに言い返したとき、男が忌々しげに吐き捨てた。 「どうせあいつもすぐ殺される。詫びならヴァルハラでしな」 「……は?」  笑みがひきつる。格子を握り締める手がじわりと汗ばんだ。 「だって彼は同胞って……」 「同胞?」  そうだ。彼らはヤンを同胞と言った。仲間とも。だから大丈夫だと思ったのだ。諸悪の根源である光魔術師が消えれば、それで済む話だと。でもそんなシリルの想いを嘲笑うように、男は苦々しい口調で吐き捨てた。 「異形化が始まったやつが? 冗談じゃない。あんなものただの化け物だろ」 「待って、ください。だって、あなた達は同じ一族でしょう?」 「は? そんなわけないだろ。気持ち悪い。あんなの触るだけで鱗が感染りそうだ。さっさと殺してほしいってみんなそう言ってるよ」  ――大事なことだろ。生きることって大変だけど、どうせなら少しでも楽しみたいし、楽しく生きてほしい。だから俺は、自分の魔術が嫌いなんだよ。  彼はそう言っていた。自分の術を厭い、誰かの幸せを祈ってもいた。その彼が、化け物?  そんなこと、そんなことは……。 「ふざけんな」  胸の奥から湧き上がってきた感情がなんなのか、自分でもわからない。ただどろどろして息苦しいそれを呼吸とともに吐き出そうとした瞬間、轟音が鳴り響いた。 吹き荒れる思いに連動するように、強固な鉄の格子戸が吹き飛んでいた。 「たす、け……」  立ち込める砂埃の中、切れ切れの声を耳が拾う。 もぞつき、痛みに顔を歪めていたのは、先程の見張りの男で、その体は崩れた壁の下敷きになっていた。  とっさに男に駆け寄ってしまったのはなぜなのか。わからないまま、男の体を押しつぶす瓦礫に手を伸ばす。だが、撤去するより早く、がらり、と再び岩壁が崩れた。シリルの体を掠め、落ちてきた岩が男の上へと襲いかかる。  ……岩が落ち、床が揺れる。土煙が上がり、目の前が塞がれた。 「そんな……」  ようやく視界が晴れたとき、夥しい瓦礫によって男の姿は完全に消えていた。  ただ男の存在を示すように、じわり、と血だまりだけが染み出していた。  ……おかしなものだと思う。この世界の人間、全員を殺すつもりだったくせに。なのに、人の命が消えるのを目の当たりにしたら、胃の奥から恐怖と嫌悪が体の内側を舐めるようにせりあがってきて、止められなかった。  気がついたらその場に両手をつき、勢いよく嘔吐していた。 「なんで俺、こんな……」

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