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第42話 やるべきこと
これは、正しいことなのか? 本当にこれでよかったのか?
わからない。なにもわからない。ただ自分が怖くて、たまらない。
震えながら自身の体を抱きしめたときだった。
風がふっと頬を撫でた。目に映ったのは……赤。
地面を染めている血を思わせる色の衣とともに、銀色の長い髪がさらりとたなびいた。
「アリス……?」
雪の中で見た妹の幻、あるいは亡霊が目の前にいた。でもなぜ今現れるのか。それがわからない。なにか言いたいことがあるから出てきているのだろうか。
そこまで思いめぐらせ、わかった。
アリスが言いたいこと、それはきっと……。
……こんなところで立ち止まっている場合? さっさとみんな殺してよ。それがお兄ちゃんのやるべきことでしょう?
「ごめん、アリス、だけど、俺」
もう、どうしていいかわからないんだ。
だが哀願は、不意に肘を掴んだ手の感触によって、半ばで途切れた。
「立って」
シリルを見下ろし、長い黒髪を乱した女が怒鳴る。誰だったろう、と数秒放心してから気づく。
「あ、の」
この人は、ヤンの婚約者だった人。
動揺しながら今一度前方を確かめる。そこにはもう妹の姿はなかった。
「あなたが見せたんですか。あのときも、今も」
「わけのわからないことを言ってないで立ちなさい!」
一喝され、乱暴な手つきでさらに腕が引かれる。
「ぼさっとしていないで。早く!」
叱咤され、体が動く。そのシリルの腕を彼女は掴んで走り出す。異変を察知したのか、悲鳴に似た怒号が迫ってくるのがわかる。彼女はその声をかいくぐり、小路を曲がり、身を隠しながら進んでいく。
「あの、なぜ、こんな」
人目につかないように壁に身を寄せつつ走る彼女の背中に問いかけるが、彼女は答えない。やっと彼女が口を開いたのは、入り組んだ路地を曲がり、気が遠くなるほど長い階段を下った先にあった、小さな岩戸の前だった。
「ここを抜けると細い道があります。まっすぐ行けば里の外に出ます。大丈夫。この道は里の者にも知られていない。追手は来ません」
「行けません」
逃がそうとしてくれていることはわかった。でも従うわけにはいかない。
「だって、ヤンは殺されるんでしょう?」
道を戻ろうとするシリルの腕をぐいいっと彼女の手が掴んで引き戻す。冗談じゃない。自分だけ逃げてたまるか。憤り、振り解こうと身をよじるや否や、ヤンは! と大声を浴びせられた。
「この先にすでにいます。だから殺されません」
「それ、どういう……」
「あなたは利用するためにヤンに近づいたとそうおっしゃいましたね」
「それは……」
彼女の言う通り、最初は復讐のために彼に近づいた。そこにはただ、まっすぐな願望だけがあった。願いのためならどんなものを犠牲にしても構わないと思っていた。
なのに、今の自分の行動はどうだろう。復讐を迷っている。アリスを一番に思えなくなっている。もう誰もいらなかったはずなのに。
彼を、求めてしまう。
これで、本当にいいのか。
だが、そのシリルの迷いなど知ったことかといわんばかりに、いいんですよ、と彼女は冷徹に言い放った。
「踏みつければいいんです。そもそもあなたは復讐したいのでしょう? この国に、妹さんを殺した世界に。あなたのその志は私達の願いとも迎合するものだと感じています。私達は新術と呼ばれるあの術をできることならば根絶やしにしたいのだから」
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