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第43話 悪意と復讐
吐き散らすように溜め息をつき、彼女は落ちかかる髪を耳にかけ直しこちらを見上げる。
「ですから、光魔術師と通じ、強大な力を持つ魔術師を作り上げることは、決して禁忌ではないと私は思っています。むしろ、私達、神術者を救うもの。私はそう父に進言していたのです。でも却下された。父達からしたら邪な術で自分達を救済することなど考えられないのでしょうね。高潔ぶって馬鹿みたいですけれど」
「父……?」
「あなたに死刑を突きつけた長のことです」
言い捨て、彼女はふっと息を吐く。
「とにかく、私はここからあなた達を逃がすことに決めました。心置きなく王都を破壊しつくしてもらうために。そして」
がらりと岩戸が引き開けられ、とん、と彼女の手により背中が押される。振り向くと、そこにはささやかな笑顔があった。
「ふたりで生きてもらうために」
息を呑んだシリルの背後で、シリル、と呼ぶ声がした。黒い外套を身にまとったシルエットがある。落ちてくる月の光に彼の肩がじわりと滲んで見えた。
「あ……」
思わず彼に向かって足が出てしまう。そこで我に返った。
「あの、あなたは……」
……ヤンのことを特別に思っておられたのですか?
吞み込んだ言葉がじっとりとした熱を放つ。
自分はなにを考えているのだろうか。この人の中に彼への愛情があるのでは、と勘繰ったところで、それを彼女に問いただすことにどんな意味がある?
彼女は笑んだままだ。気持ちは乱れていたが、すべて覆い隠して深々と頭を下げた。そのときだった。
「シリルさん」
闇を纏った低い声がシリルの名前を呼んだ。
「異形化ってね、一度始まったら止まらないそうです。あなたが彼の力を借りて術を使ったそのときから、彼の人としての時間は減り始めた。首がいくつもある大蛇か、ただれた皮膚から悪臭を放つオオトカゲか。彼は一体、どんな姿を見せてくれるのでしょう」
ねえ、と粘度のある笑みが体に絡みついてくる。時間を止める術でも使われたかのように体が動かない。足元から這い上がってきた冷気によって鼓動も止められ、心臓の表面がひび割れていくのが見えた気がした。
「私はね、信じていたんです。いつか彼がここに戻ってきて添い遂げてくれるその日が来ることを。馬鹿みたいですよね。幼いころに別れたきりの男のことをいつまでも。でも、それももう終わり。あなたのせいで」
ゆっくりと彼女は岩戸に手をかける。ごとり、ごとり、と音を立てて閉まっていく、その扉の向こうで彼女はやはり微笑んでいた。
「だからこれは私の復讐。愚かなる光魔術師(リゼル)よ。見続けなさい。自分のせいで彼が人でなくなっていく様を。最後までその眼に焼きつけ、後悔の念を抱いたまま、闇に墜ちるがいい」
「シリル!」
ごとん、と最後の一音とともに閉ざされた扉の前で、岩のように固まっていたところを、強引に振り向かされる。そうされてぷつりと切り替わるように意識が戻ってきた。
検分するみたいに二の腕から肘に掌が滑らされる。懐かしすぎるヤンの温もりがじりじりと肌に伝わってきて、泣きそうになった。
「お前この両手。ひどいなあ、マメつぶれて……治せよ。治癒の術使えるだろ」
そう言う彼の顔は外套の陰に隠れて見えない。見たくてたまらなくてフードを取り去ろうとすると、彼の手に阻まれた。
「行かないと。見つかったらふたりとも殺される」
「……ん」
胸が苦しい。でも、今は生きなければならない。いや、生かさなければ。
小さく頷いたシリルの手を彼が握る。その手がまだ温かいことに心底ほっとしながら、シリルは彼の手を握り返した。
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