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第44話 「なんで」
自分達が連れてこられた場所がフィラードの北端、ラジド山脈の一角であることを知ったのは、逃げ出して最初に辿り着いた村の名前を見たときだった。
「ここ、もう廃村になったとこ……」
「この辺りは過疎化が進んでるからな。邪術って忌み嫌われている俺達みたいな闇魔術師が身を隠すにはちょうどいい場所だったってことだよ」
俺達。当たり前みたいに零れたその単語に胸がつきりと痛んだ。
「ヤンにとって、彼らは敵じゃないんだ」
「あいつらから逃げ回って生きてきたのは確かだから味方じゃないけど。まあ、全員を憎もうとまでは思わないな。こうして馬や食料まで用意して逃がしてくれる人間もいる」
降り続く雪の中、一頭の馬にふたりで乗りながら問うと、シリルの背中を抱くように後ろから馬を操っていたヤンが、愛おしむように手綱をきゅっと握るのが見えた。
――後悔の念を抱いたまま、闇に墜ちるがいい。
岩戸が閉じる寸前、隙間からまっすぐに放たれた悪意に、背筋が寒くなる。
ヤンは彼女が誰だったのか、聞かされていなかったのだろうか。彼女がどんな思いで逃がしたのか、もしも知っていたら同じように言っただろうか。
「ここなら多分、見つからない」
淀む気持ちを抱えながら丸一日馬に揺られた末に辿り着いたのは、ヤンが住んでいた村からそれほど離れていない、やはり廃村となった村の奥に建つ小屋だった。
「まさかこんな近くに隠れるとはやつらも思わないだろうから」
にやっと笑ってヤンは小屋の扉を開ける。迷いも躊躇もないその手つきで、彼にとってここが馴染み深い場所だとわかった。
「ここ、なに?」
「隠れ家。子どものころから逃げ回ってたからな。何個か用意してあんの。そうだ、お前さ」
小屋の中には彼の言葉通り、すぐに生活ができる最低限のものが揃っていた。手慣れた仕草で暖炉に火を起こしながらヤンが呼びかけてくる。フードをしっかりとかぶったまま。
「目くらましの術、かけられる? 見つかったら面倒だから頼むわ」
「……あんたがかけなよ。できるだろ」
試すように言う。そのとたん、こちらに向けられていた背中が緊張した。
「俺、捕まってる間に結構殴られたんだよ。ぴんぴんしてるお前がやって。それと」
嘘臭いくらい明るい声で彼はまだなにかを言おうとしていたが、もう限界だった。屈みこむ彼の背後からフードを引っ張って脱がす。はっとしたように彼が顔を背ける。構わずににじり寄り、両手で頭を掴み、顔をこちらへ振り向かせると、ひゅっと息を呑む音が響いた。
「なんで、言わない?」
「なにを?」
ぱちぱち、と薪が爆ぜる。その音を背景に低く声を押し出す。シリルに頭を固定されたまま、ヤンが視線をそっと逸らして唇の端を上げた。その動作につられたようにぎらりと光ったのは……銀色の、鱗だった。
彼の背中にあったものと同じものが、彼の首筋から左頬にかけて広がっていた。
「これ、俺のせいだろ。しかも知ってたんじゃないの? 俺と、せ、性交したら、あんたの魔力は俺に全部吸い取られるって」
「…………」
その沈黙が答えだ。悔しさを抱えたまま、彼の頭を掴む手に力を込め、激しく揺さぶる。
「なんで言わなかった? しかも闇魔術師(オブスキュリティ)のあんたならこうなることくらいわかってたよね。あんた、自分のこと軽んじすぎなんだよ!」
「それをお前に言われるのは納得いかねえなあ」
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