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第50話 王都で待ってる
火が燃えている。妹を焼く赤。熱気と断末魔。その妹へ向かって投げられる石。
殺せ、と冷徹に命じた王の顔。
妹を苛んだ世界に対し、闇魔術を使って復讐することをずっと夢想していた。
すべての人間の心に邪心を植えつけ、殺し合いをさせてやろうか。あるいは影に心を与え、本体を取り殺させようか。疫病をはやらせ、皆殺しにしてやろうか。
そんなヘドロにまみれた妄想をいくつも積み重ね、辿り着いた場所で彼に出会った。
今、願ったことすべてを叶える力が自分の中には備わっている。今ならなんでもできる。妹を蘇らせ、彼女を抱きしめることだってできる。
彼の体と引き換えに。
小屋の窓ガラス越し、うっすらと夜明けの光が差し込んでくるのを、背中から抱きしめられながらシリルは見つめた。薪は燃え尽きてしまったのか、白く細い煙が上がるばかりで室内はひやりと冷たかったが、触れる体はまだ温かくてそのことに泣きたいほど安堵した。
眠る彼の顔に苦痛はない。でも気づいてはいた。体を交わした後、抱き合って眠りに落ちながら彼が時折、ひどく顔を歪めていたことに。
この人の体は今も密やかに人ではなくなろうとしている。そして、シリルが魔術を使えば使うほど、彼の人としての時間もまた短くなっていくのだろう。
体に巻きつく腕をそうっと外し、彼の胸から抜け出したシリルは音を立てないように衣服を身に着けた。外套を羽織り、荷物の中から短剣を取り出し、鞘を抜きはらって刃を確かめる。
魔術を使うわけにはいかない。でも、できることもある。
そうっと息を吐き、剣を鞘に戻す。外套の中へ短剣を収めて彼を振り向く。まだ彼は眠っているのか動かない。その肌に触れたくなったけれど、振り切るように小屋の入り口へと顔を向け……硬直した。
ドアに穿たれた明り取りの窓からの光を受け、影がまっすぐにこちらに伸びてきていた。追手か、と身構え、目を凝らす。そのシリルの目を焼いたのは、見覚えのある赤の長衣。
行かせまいとするように戸口を背にして立ち塞がる彼女に向かい、気がつくとシリルは緩く首を振っていた。
「ごめん、アリス……お前を蘇らせること、できない。でも……仇は、取るから。だから」
ただ黙って立つばかりの妹に必死ににじり寄ろうとするが、足が動かない。どうして、と歯噛みしたとき、彼女の唇が動いた。
――蘇らせて
とっさに大きく首を振る。けれどアリスは無表情に言葉を紡ぎ続ける。
――蘇らせて
「ごめん、アリス、俺」
訴えようとして言葉を呑み込む。なにが言える? 誰を犠牲にしても仇を取ると誓ったのに。この力をお前のために使うと決めたのに。頷かないなんて非情でしかない。なのに、頷けない。背後で寝息を立てるこの人を犠牲になんて、できない。
「できないんだ。ごめん」
――王都で待ってる。だから、来て
一切の言葉を跳ねつけるように彼女が言う。でも、と叫ぼうとすると、背後からすっと腕が伸びてきて声が摘み取られた。はっとして見上げるシリルの背中を包んだのは、ヤンだった。
なにも言わず彼がすっと彼女のほうを見るよう促す。アリスはヤンにも視線を向けていた。
その妹の目にはやはりなんの感情も浮かんでいない。まるで、人形みたいだ。
……この子は本当に、アリス、なのか?
――三月九日。ジェラールのところで待ってる
戸惑うシリルに厳かに告げられたのは、思いもよらない名前だった。
ますますわけがわからなくなり、身を乗り出すシリルをヤンが背後から抱きしめて止める。放せよ! と彼を押しのけようとするが、その間にも、近づかれることを拒むようにアリスの輪郭は揺らいでいく。
「アリス……!」
止める間もなく、みるみる薄くなり、消えていく。
数秒後に残っていたのは、元通りの朝の光だけだった。
「ジェラール・エマニュエル・トーザン、だよな。ジェラールって」
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