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第54話 リッセル

 三月九日の朝、フィラード王国王都リッセルに到着したシリルが目にしたのは、尋常ではない数の人でごった返した街道だった。 「なに、これ……」  呟きながら周囲を見回す。その自分の視線の先にある肖像画を見て、シリルは硬直した。  現フィラード国王、シャルマン十五世。海の国フィラードと呼ばれるこの国の王らしい深い青を抱いた瞳に見据えられ、思い出したくもないことを思い出した。  三月九日。今日は……生誕祭。この憎い男の。  ――処刑を命ずる。  無慈悲に壇上から命じたあの瞬間、この男の顔には憂いはなかった。厳格で公平な王らしい冷静さだけを滲ませてこいつは、妹の命をいとも簡単に刈り取ったのだ。 「シリル」  外套の下で短剣の柄を握り締めたが、その手をそっと布越しに押さえられ、我に返る。目深くかぶったフードの奥からヤンがそっと微笑みかけてくるのが見えた。 「ジェラールの居場所、わかる?」 「待って。探す」  まだ手は震えている。それでもやっとのことで呼吸を整え、シリルは意識を集中した。  ジェラールは宮廷とはかかわりなく、私的に魔術を使う、いわば民間の魔術師だ。金銭を受け取って術を行使するそのやり方に反発を抱かれ嫌がらせを受けることもあるため、彼の自宅は複数個所にある。ゆえに彼の術の気配を辿って家に辿りつく必要がある。  ただ……不安もあった。彼の気配を辿ることもまた魔術に頼ってとなる。使って大丈夫だろうか。鱗をむしり取る彼の苦悶の表情が瞼の裏に浮かび、思わず息を詰める。  逡巡するシリルをよそに街道はますます盛り上がり、練り歩く人の活気が熱いほどだ。籠る空気を逃がそうとわずかにフードを持ち上げたそのとき、すん、と誰かが外套の袖を引いた。 「ねえ」  呼びかけられ、とっさに掴まれた袖を振り払う。が、かけられた声の幼さに驚いて相手を確かめると、そこには十歳ほどだろうか、亜麻色の髪の少年が立っていた。 「これ、渡してって。ジェラールって人から」  少年は高い声で言い、紙片をシリルの手に押しつける。え、と言う間もなかった。彼の後ろ姿は雑踏に紛れ、見えなくなった。 「俺達が街に入ったことにはもう、気づいてるってことか」  ぼそりとヤンが呟く。軽く頷いて紙片を広げると、ジェラールらしい几帳面な筆跡で地図が記されていた。 そこは子どものころ、魔術を学ぶために何度も訪れた場所だった。  思い出の中と寸分変わらぬ、赤レンガ造りの建物。馴染み深い扉を子どものころと同じようにノックすると、ぎい、と音を立てて扉が開けられた。 飛びついてきたのは……茶色い塊。 「パウル……」

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