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第57話 教皇

 アリスはこの世界でただひとり自分と血が繋がった妹。もっとも近くで笑って、もっとも近くから心を寄せてくれた相手。  その彼女と比べられる者なんているわけがない。ないのにシリルは躊躇っている。自分がアリスに蘇生の術を施せば、背中を支えてくれているこの彼の、人としての時間は間違いなく終わるのだから。 「迷っているの? 今まで命じられれば誰にでも術を使ったのに? 私には使えないの?」 「そんなことない。だけど」  彼を失いたくない。声にならない声に応えるようにヤンの手がそうっとシリルの背中を撫でた。 「やろう。シリル」 「は……?」  お茶でも飲もうみたいな軽い調子だった。それが怒りの導火線に火を点けた。 「ふざけるなよ。そんな簡単に……!」 「簡単じゃないよ。頼んだだろ。古術で人を救うところ見せてほしいって」 「そんなの知らない!」 「シリル」  ヤンの声が険しくなる。そうされて体が震えた。  ああ、彼の望みはわかっている。彼は闇魔術で人を殺した。だからこそ術で人を救うことに固執する。でもその望みを叶えた後はどうなる? 彼は即座に人としての時間を失う。  ただもし、術を使わなければ、時間は残される。そうすればもう少しだけ、抱きしめてもらえる。  呼んでもらえる。シリル、と。彼の声で。 「ただまあ、術使ってもらう前にはっきりさせておかないといけないことはあるよな」  涙に沈みそうになった心を引き戻したのは、ひんやりと冷えたヤンの声だった。驚いて振り向くが、彼の闇色の瞳はこちらを向いてはいなかった。 「あれ、シリルの妹じゃないよな。もっと古い……人じゃない匂いがする。教えてよ、ジェラールさん、あれ、なに?」  彼の目は、アリスを突き刺すように見ていた。 「教皇」  ジェラールはヤンの問いには答えなかった。代わりのように彼が発した声の宛先にいたのは……。 「もういいでしょう。彼らにはすべてを語るべきだ。時間もないのですから」  とっさに周囲を見回した。しかしここにいるのは自分達四人だけだ。答えを求めるようにジェラールを振り向くが、吐き出されたのは意味不明な言葉の羅列でしかなかった。 「アリス・ド・レイ。あなたは責任を取るべきだ。教皇としても、シリルの妹としても」 「アリスが、なに?」  意味がわからない。ジェラールの顔からアリスへと視線を向けるのと、アリスが肩をすくめたのは同時だった。 「言う必要なんてある? 私がアリスのままのほうがお兄ちゃんとしては術を使いやすいはずだもの。あなたもそれで納得したんじゃなかった? ジェラール」 「ああ。だがことここに至ってはすべて話してシリルに選ばせるべきだ。シリルは選ばなければならないのだから。愛する男か愛する妹か。どちらかを」 「誤算よね。お兄ちゃんが私以外を愛するなんてあるわけないと思ってたのに」  腹立たしげに息が吐かれる。呆然とするシリルをアリスの尖った眼差しが捉えた。 「お兄ちゃんは知らなかったのよね。教皇がどんな存在か。私も知らなかった。自分の中にこの人がいるって気づくまでは」 「この人……?」 「人って言うのもおかしいのかな。意志みたいなもの。私の中に溶けてひとつになっているもの。光魔術師の始祖の心。教皇は国王と違って選ばれて立つものじゃない。最適な人材のもとへと始祖自らが選んで宿るの。それが教皇となり、今回の教皇は私だった。でね」  淡々と説明したアリスがすっと自身の頬を撫でる。するっと剥がれ落ちるように彼女の顔から表情が抜け落ちた。 「その始祖の意志に言われたの。君は死ななければならないって」

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