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第58話 成れの果て
死ななければならない?
「意味が、わからない」
「よね。でも一番信じたくなかったのは私なの。君が死なないと大勢死ぬなんて言われてもね。でもわかっちゃうのよね。全部真実だって。私の頭の中にはこの大陸全部の歴史が詰まってる。それと未来も。証拠になるかわからないけど、ひとつ根拠を示すね」
すっとアリスが空を仰ぐ。
「もうすぐ地震が来る。ほんのちょっと揺れる程度なのが二回。そのあと……魔術じゃ太刀打ちできない大きいのが来る。この辺りは津波で全部更地になる」
「……は?」
声を漏らすや否や、ぐらり、と足元が揺れた。周囲を覆う壁にはめ込まれたステンドグラスがかしかしと耳障りな音を立てる。なに、と言いかけたシリルの肩を、ヤンが慌てたように支えた。
「一回目」
無表情に呟いてから、アリスはゆっくりとこちらを見る。
「時間がないから本題に入るね。お兄ちゃん、今、ここで術を使ってほしい。この陣を使って」
「待って、どういう……。そもそもお前がなんで死ぬことになった? お前を陥れたのはジェラールだろ。でもそれも教皇の指示って聞いた。ただ今の話だと教皇はお前……え?」
頭がこんがらがる。額を押さえたシリルの前で、アリスはじわりと笑む。
「死ぬことになったのは、生き返らせてもらうため」
「なに、意味が……」
「……という名目で術を使ってこの大陸を守るため」
無表情に告げてからアリスは爪先で、陣を蹴る仕草をした。
「お兄ちゃんも知ってるでしょ? 禁忌を犯さなければ光魔術師 は闇魔術を使えない。それは始祖の意志を宿す私も同じ。だからこの術をなすためには光魔術師に墜ちてもらわなければならなかったの。この術は闇魔術師には使えない。禁忌を犯した光魔術師だけが使えるものだから。それも生半可な魔術師じゃだめ。この術を完成させられるだけの力がある人じゃなきゃ。それがお兄ちゃんだった。それともうひとり」
アリスの視線がこちらから逸れる。彼女の鋭い目はまっすぐにヤンに向けられていた。
「あなた」
「ヤン、が、なに?」
「彼がというよりも、彼の成れの果てが必要なの」
そう言ってアリスはこちらへ向かって歩いてくる。実体はやはりないのか、揺れる火影のように輪郭が曖昧だ。足音もない。けれど近づけば近づくほど肌が粟立つような存在感がある。自分より小柄に見えるのに。生前のアリスと同じ姿なのに。
そのアリスの手がつと伸びる。と同時にふわっと風が起き、ヤンの頭を覆っていたフードが後ろへ流された。現れた彼の顔を見て、我知らず息を呑んでしまった。
彼の左目の色が完全に変色してしまっていた。闇色だったはずなのに、ねっとりとした蜂蜜色となり、空を映している。いや、それだけではない。
鱗に浸食されているのは左側。その左側の耳が不自然に尖り始めていた。唇はめくれ、牙が覗いている。口も左側を中心に前へと突き出すように伸びている。
骨格が、変わり始めていた。
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