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第66話 疑惑の声

 彼の咆哮により波打っていた地面が息を鎮めていく。呼吸の仕方を思い出したように、肌を刺す緊張が空気から抜けていく。  でも、わずかな間とはいえ、地震に慣れていないこの国にとって被害は甚大だった。そこここから呻き声が聞こえる。崩れた建物が道を塞ぎ、街の形を変え、砂煙がうっすらと視界を霞ませている。  今も、泣き叫ぶ幼子の声が響いている。声を頼りに進んだシリルの目に映ったのは、瓦礫を持ち上げようと顔を真っ赤にしている子どもの姿だった。 「どいて」  このままではこの子も下敷きになる。慌てて子どもを下がらせ、風の精霊に呼びかける。透明な手が建物の残骸を持ち上げると、その下からうつ伏せになった男性が現れた。意識はない。だが息はある。  男の胸に手を当て、癒しの術を施すとほどなくして男は目を覚ました。しばらくはこちらをただぼんやりと見返すばかりだったが、ややあってはっとしたように唇が動いた。 「癒しの、天使」  長年、こちらの気持ちなどお構いなしに呼ばれ続けてきた名前に、少しだけ顔が引きつった。でも……否定はしなかった。ただぎこちなく微笑み返し、その場を離れた。  その間にも街のあちらこちらからは助けを求める人の声が絶えず聞こえていた。それをシリルは片っ端から助けた。  ひとりでも多く救いたい。その一心で動き続けていた。 「大変……! 海が! 波が来てる!」  だが、救助に奔走している間にも悲鳴は聞こえてくる。飛び込んでくる声に促され、耳を澄ませる。迫りくる波の音が空気を揺らしていた。太鼓を打ち鳴らすような不気味な轟きも迫ってきている。 「どうしよう! もうだめだよ……」 「なんでこんな……魔術師はなにしてんだよ! こんなときこそ俺達を守るのがあいつらの役目だろう!」  混乱と恐怖、焦燥と怒り。雑多な黒い感情が渦を巻き、街を埋め尽くす。このままでは感情の波によってますます収集がつかなくなる。  助かる命も、助からなくなる。  それは、だめだ。 「大丈夫!」  高まっていく負の熱気を抑えたくて叫ぶと、ざわめきがふっと静まった。 「大丈夫だから。絶対、守るから。だから高台へ逃げて。ここからなら宮廷がいい。早く」  だが、人々は動かない。なにしてるんだ、と舌打ちする間にも鼓膜を震わせるのは、海から響く、どおん、どおん、という腹に響く音だ。おそらく、津波が押し寄せてくる前兆なのだろう。時間にしてもそれほどの猶予はないに違いない。  一方で術者にしか聞こえないだろう、彼の声も聞こえていた。  彼は今も、頑張ってくれている。  彼が見られない部分を自分が守らなければならない。だから。 「急いで! 早く……」 「あれ、癒しの天使だよね。ほら、国王陛下の暗殺を企てたアリス・ド・レイの」

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