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第71話 葬送歌

 声が掠れる。それでも届けたくて涙を拭い、シリルは彼の頬に頭をこすりつける。  ぱら、とまた金色が散った。 「一緒に小枝を拾い歩いたこと。すごく寒くて、俺、面倒だって思ってた。でも……あんな雪原、歩いたの初めてで。綺麗だって思ってもいた。ほんと、あんたとの生活、初めてのことばっかりだった」  ヤンはなにも言わない。ただふうっと目が細められる。白銀の太い睫毛がわずかに震えた。 「あんたの作ってくれたスープ、美味いって一度も言わなかったけど、本当はね、すごくあったかくて。すごく」  ああ、だめだ。涙が出てしまう。しゃくりあげそうになる。それを必死にこらえながらシリルは言葉を続ける。どんどんと崩れていく彼を、意識だけでも引き留めたかった。 「あとね、あれも好きだった。あんたの歌。覚えてる? あんた教えてくれただろ。零れたスープ、元に戻す歌」  ――満たせずとも、満たせずとも。何度でも戻しましょう。小麦の原が黄金に輝くそのさまをあなたにだけは見せましょう。 「歌ってるあんたの声、深くていいって本当は思って、た」  ぱちぱちと暖炉で薪が爆ぜる音を背景に、しっとりと夜の空気を撫でた彼の声。 「満たせずとも、満たせずとも」  彼の声を思い出しながら口ずさむ。歌ったら一緒に彼も歌ってくれるのではないだろうか。儚く夢想しながら口を動かす。 「何度でも、戻しましょう。小麦の原が黄金に輝く、そのさまを」  波音が耳を塞ぐ。お願いだ。その音で、砂へと変わっていく彼の崩壊の音も消してほしい。 「あなたに、だけは、見せましょう。満たせずとも、満たせず、とも」  歌い終わってもそれでもシリルは口ずさみ続けた。歌いやんだらなにもかもが本当に終わってしまいそうで怖くて、止められなかった。 「何度、でも、戻しましょう。小麦の原が黄金に輝くそのさまを」  歌いながら思った。彼と自分は冬しか一緒に見られなかったのだな、と。春も夏も秋もこの国にはあったのに、ともにいられたのは冬だけだった。  もっと……歩きたかった。あなたと、もっと。でももう、歩けない。  もう……。 「あなたに、だけ、見せましょう……。満たせず、とも」  ああ、だめだ。声が滲んでしまう。続けられなくなる。ずるずると彼の頬にすがりながら浜辺に膝をつく。その間も流砂は続く。零れ落ちていく砂を受け止めようとしても、掌に触れる間もなく陽光よりも鮮烈な金色は、空気に消えていく。 「満たせず、とも」  歌声も掠れてしまう。留めておけない砂を掌に握り締めたままシリルは顔を伏せる。ざわっと空気がさざめく。必死に添わせていた彼の体から手ごたえが突然失われ、目を開けた先に見えたのは、金色の靄だった。それが風に吹き散らされ掻き消えていく。 「やだ……」  歌声の代わりに出たのは、そんな頼りない声だった。 「いや! やだ……! いや……」  声を上げ、首を打ち振る。紅石の耳飾りが白砂の上へ落ちる。  ――目も綺麗なんだな。紅玉みたい。 「綺麗じゃない、綺麗じゃないよ……」  その赤にさえ思い出してしまう彼の声に、身悶えながら砂を掴む。彼がいたことが嘘だったように静まった砂浜を、シリルは何度も何度も叩いた。  後悔なんて絶対しちゃいけないと思っていた。自分がこの道を選び、彼が身を捧げてくれなければ、多くの人間が命を落としたのだから。自分が少しでも悔いれば、それはそのまま多くの人間の命をないがしろにすることになると思ったから。  わかっている。でもじゃあ、彼がいなくなったこの気持ちをどこに持っていけばいいのだろう。  ――楽しく生きてほしいからさ。  記憶の中で彼がそっと囁く。 「どう、やって? いないのに? あんたが、いないのに……?」  こんなことならふたりで海に落ちて死んでいればよかった。どうして彼はともに沈んでくれなかったのだろう。疑問が胸を塞ぐけれど、その答えを自分は嫌というほど知っている。  彼は自身のことよりもシリルを生かそうとする人だから。そんなこと、もうとっくに知っていたから。  だからこそ余計に、苦しい。 「わかってる。わかってるから……今だけ」  ……泣かせてよ。  ゆっくりと日が傾いていく。青かった海は黄金色へと顔を変えていく。その色は竜となった彼の瞳の色ととても似ていた。

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