4 / 22
第4話 囚人施設
広大なトルネシア大陸の西側の海に近いグラノールという街から、移住者のロゴフ一家が突如として消えたことは、ご近所の噂にのぼることはあったが、すぐに忘れ去られることとなった。
グラノールはトルネシア連邦が運営するいくつかの研究施設を抱える街であり、人の出入りが激しかったから、昨日までいたはずの人間が消えることなど、珍しくなかったのだ。
ロゴフ一家の父と母の勤務先であった研究所のごく一部の者は、彼らが異国からやってきたスパイであることを把握していたが、国外に逃亡した彼らを追うことまではしなかった。
エス・ロゴフが、ともに暮らしていた家族がスパイ工作のために用意された偽の家族だと知らされたのは、潜水艦から降ろされてどこかの施設に移送された先でのことだった。
自分たち家族に血の繋がりがなかったことはすでに兄の口から聞いていたから驚くことはなかったが、あっさりと納得できたかというと、もちろん無理だった。
エスにとっては、兄と父と母とすごした白い家での生活がすべてだった。
あれが偽物の家族だったというなら本物の家族はどこにいるのかと問いかけても、答えてくれる者は誰もいなかった。
ただ、人を殺すための道具として育てられたのだということは、すぐに嫌というほど思い知らされることとなった。
新しい家――いや、家とも呼べないような冷たくて薄暗い建物の中には、自分と同じような子供たちが数十人もいて、過酷な鍛錬の日々が始まった。
大好きなヒーローアニメを見ることも、温かいご飯を食べることも、やわらかなベッドで眠ることも、誰かと他愛ない話で笑い合うことも許されなくなった。
毎日、学校のように決められた時間割の通りにすごす生活。
体を動かしていることが多かったが、教室のような部屋で机に座り、語学や、人体の構造や武器の扱い方について詳しく教えられることもあった。
幸いにもエスは兄からある程度の教育を受け、ある程度動ける体になっていたから、成績優秀者の部類に入れられたが、成績の悪い子供はみんなの前でひどく叱責されたり、別室に連れて行かれて折檻されているようだった。
一緒にすごしていた子供たちは、おおむね七歳から十五歳ぐらいのようだった。
体調を崩したかと思ったらどこかに連れていかれて、二度と戻ってこない者が月に数人はいた。
体調を崩したら外に出られるんだ――そう思い込んだ同い年ぐらいの男の子の一人が、わざと体調を崩すために、ご飯を何日も食べないことがあった。
予定通り彼は訓練もまともに受けられないような体になり、訓練の途中で倒れることに成功したわけだが、そのままどこかに連れて行かれたかと思うと、翌日、真っ青な顔をして戻ってきた。
『知っているか? 体が弱いやつは、内臓をバラされて売られるらしいぞ』
小声でぼそぼそと他の子供たちに教えてくれた。
おそらく、他にも同じような浅はかな考えを持つ者が増えないよう、牽制のために無傷で戻されたのだろう。
その後、精神を病んだ彼は、一ヶ月後には消えていた。
内臓をバラされて売られたのかもしれない。
真偽を確かめるすべはない。
ただ、外に出てもろくなことにならないのだとエスは学んだ。
生きたまま外に出る方法はひとつしかない。
訓練過程を卒業することだ。
ハウンドファングとして実戦投入可能だと大人たちに判断されれば、囚人施設みたいなところから出られる。
たいていが十五歳前後になった者から順番に卒業していくが、才能がある者は、もっと早くに卒業できた。
逆に、いつまでも卒業試験をクリアできない者は、そのうちどこかに連れて行かれて、なにかの実験の被検体にされる。
人を殺して生きていくか、自分が殺されるか、選択肢は常に二つしか存在しなかった。
エスは十二歳の時にハウンドファングとしてデビューした。
大人たちは、最年少デビューだと褒めてくれた。
人を殺すたびに、自分の中のなにかが欠け落ちていくのを感じた。
なんのために殺さなければいけないのかは、知る必要はないと大人たちにいつも言われていたから、考えないようにしていた。
戦い続ける理由は、死にたくなかったから。ただそれだけ。
『誰を殺してもいい。エスだけは生き残るんだ』
昔、誰かにそう言われた記憶だけが残っているけど、誰に言われたのかまでは思い出せない。
ひょっとしたら、ぼんやりと記憶の片隅に残っている兄さんかもしれない。
だけどその兄さんが本当にいたのかどうかすら、もう思い出せない。
いつか、心を持たない機械人形のように五感すらもなくしてしまうんじゃないかという気がしてきたけど、別に悲しいとは思わなかった。
多分、人としては、もうとっくに壊れていたのだ。
ともだちにシェアしよう!

