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第7話 写真
どんな武器を出されても、使い方を覚えるのに不安はないと思っていた。
しかし、洋館に戻ったあと、「そうだ、これの使い方を覚えてもらいたいんだ」と言いながらオーウェンが持ってきたのはレンズがついた黒い物体で、エスは面食らう。
「カメラ?」
「そう。僕は、南アルリア内で活動する時は正式な身分を名乗ることもあるけど、よその地域に行く時は、ジャーナリストを名乗っている。今回のトルネシア行きも、報道関係者用のビザで入国する予定なんだ。エスには、助手のカメラマンとして同行してもらう」
「なるほど」
ひとまず、カメラを手に取ってみる。
銃よりも重かった。
マークがついたボタンがいくつか並んでいる。
適当に触っていたら、背面の液晶画面に電源が入った。
しかし、画面は真っ黒だ。首を傾げると、オーウェンがレンズカバーを外してくれた。
「シャッターボタンはここ。マニュアルも用意してあるから、あとで読んで」
「わかった」
レンズをオーウェンに向けてみる。液晶画面にちゃんと映った。
オーウェンは、にこりと笑ってピースをしてみせてくれた。
シャッターボタンを押す。
カシャリと大きな音が響いて、撮れたのはわかったが、どこを操作すれば確認できるのかわからず困っていると、覗き込んできたオーウェンが、四角と三角のボタンを押す。
「ちょっとブレてる。ピントを合わせないとダメだね」
「ピント……意外と難しいな」
「銃の扱いよりは難しくないよ。エスは覚えがいいから、すぐに簡単に扱えるようになるよ」
「現像は、専門家に頼むのか?」
「いや、今のカメラはほとんどデジタルだから、プリンターさえあれば誰でも印刷できるよ。この建物の中でもできる。まぁ、ちゃんとした店に頼んだ方が印刷は綺麗だけどね」
「今度はちゃんと撮るから、あとで印刷してくれるか?」
やけに真剣な物言いをするエスに、オーウェンはくすりと笑った。
「もしかして、僕の写真がほしいの?」
「ああ。一枚も持ってないから。グラノールにいた頃の写真は、家と一緒に全部燃えたんだろう?」
「そうだね……」
オーウェンは少し寂しそうに声のトーンを落としたが、すぐににこりと笑顔を浮かべた。
「大丈夫。新しい思い出なら、これからいくらでも作れるよ。……このカメラ、タイマー機能を使えば、ツーショットも撮れるんだ。せっかくだから、一緒に撮ろうよ」
バルコニーに出るよう言われたのでその通りにすると、オーウェンはバルコニー用の丸いテーブルを移動させて、柵の前に並ぶ兄弟を撮影できるように調整していた。
どうしていいのかわからなかったエスは、兄がどのボタンを操作しているのか眺めながら、ただ突っ立っていた。
「十秒後に撮影されるから……笑って」
カメラの角度などの調整を終えたオーウェンはエスの隣に並んで、肩に手を回してきた。
十秒あれば人を殺すのにはじゅうぶんな時間だが、どういうポーズで写真に写ればいいのか考えるには、あまりにも短い時間だった。
こういう時はピースをした方がいいのだろうか。
しかしどう考えても自分には似合わない気がして、つい動きが固まってしまう。
笑顔の作り方もわからない。
かつて兄と一緒に暮らしていた頃、自分は当たり前のように笑っていたはずだが、長いことろくに使われていなかった表情筋は、ぎこちない作り笑いすらできないほど無能になっていた。
あっという間にシャッターの音が鳴る。
すぐにカメラを確認しにいったオーウェンは、撮れた写真を見て、「うん、いいね」と頷いていた。
見せてもらうと、やっぱりエスは無表情のまま写真に残されている。その隣で、兄は綺麗な笑顔を浮かべていた。
「すまない。うまく笑えなかった」
「大丈夫。そのうち自然に笑えるようになるよ。笑えなくても、すごい男前だから、写真写りはバッチリだよ」
うろんげな眼差しになったエスは、もう一度、小さい画面に映る自分の姿に視線を向けた。
「…………男前?」
どう見ても、無愛想な男が突っ立っているだけだ。
「兄さんの十分の一も美しくない」
身内の欲目にもほどがあるのではないだろうか。
「美醜の話で言うなら、きみの顔立ちはけっこう整っている方だよ。僕とは系統が違うけどね」
「兄さんと同じじゃないなら、あんまり意味はないな」
「そんなこと言わないで。きみは、僕の自慢の弟だよ。……ああ、もしかしたら、服装を替えたらもっと男前に見えるかもよ。今度、街に出たら新しい服を買おう」
「服はもうじゅうぶんだ」
パジャマも普段着も、すでに数着ずつ用意されている。
いつも仲間とまったく同じデザインの、色の暗い服ばかり着ていた頃に比べれば、恵まれすぎているぐらいだ。
「スーツとかも似合うと思うんだよね。僕よりも身長があるから、その身長に映える服が、たくさんあるはずだよ」
「別に、映えなくてもいい。目立たない服の方が都合がいいだろう」
「きみはもう暗殺者じゃないんだから、堂々と華やかな格好をしたっていいんだよ」
「立場が変わっても、人殺しだった過去は消せないし、闇に隠れて生きる方がお似合いだろう」
「だめだよ。僕はきみに、普通の人間としての幸せを経験してもらいたいんだ。そのためにきみを南側に連れてきた。街に出たら、新しい服を買って、映画を見て、おいしいものを食べる。……いいね?」
オーウェン・ロゴフという男は、常に物腰がやわらかで繊細そうに見えるが、ガラス細工のような見た目に反して精神力は誰よりも強く、簡単には折れない。そして意外と頑固だ。幼い頃からそうだった。
危険を犯してまで自分を地獄から連れ出してくれたオーウェンに逆らうことなど、もちろんエスにはできなかった。
「……映画は見たいな」
「ほんと? 最近公開された映画だと……なにが人気だったかな?」
この人は、自分が知らない間に誰かと映画を見たりしたのだろうか。気になったが、聞くのはまた今度にしよう。
オーウェンが何気なくテーブルの上に置いたカメラをエスは手に取って、シャッターボタンに手をかける。
「兄さん」
考え込むポーズをしていたオーウェンがこちらを振り返った瞬間、シャッターを切った。
撮れた写真を確認する。
「今度はブレなかった」
ピースサインをしていなくても、作り笑顔を浮かべていなくても、映画の一瞬のワンシーンのように美しい一枚がおさまっていた。
やはり兄さんはなにをしていても絵になる。
「あとで印刷してくれ」
「こんなんでいいの?」
「これがいい」
ふふ、と微笑んだだけで、オーウェンは軽く頷いてみせた。
「映画を見る以外に、他になにかやりたいことはある?」
「やりたいこと?」
「なんでもいいよ。食べきれないくらいのケーキをテーブルいっぱいに並べてもいいし、どこかのお祭りに行って、夜中まではしゃいだっていい。遊園地や水族館にも行ける。僕たちが生きる世界は相変わらず不自由だけど、あの頃にはできなかったことができるぐらいの大人にはなったんだ」
ケーキはこの十二年間一度も食べたことがないし、祭りの最中に人を殺したことはあったが、グラノール以外の場所で祭りを楽しんだことはない。遊園地や水族館にいたっては、生まれてから一度も足を踏み入れたことがなかった。
どれも楽しそうだ。しかしそこで遊ぶ自分の姿を思い浮かべようとしても、すべてが他人事のように思えて、いまいちピンとこない。
「なんでもいいのか?」
「とりあえず、トルネシアに喧嘩を売る以外のことなら、なんでもできると思うよ」
じゃあ北アルリアには喧嘩を売ってもいいということだろうか。気になったが、今はそれよりも言いたいことがある。
「兄さんと戦いたい」
「え?」
「もちろん、本気の殺し合いじゃない。小さい頃、森でよくやっていた……戦闘訓練みたいなやつだ」
「ああ……戦いごっこ……格闘技の練習だね」
「一度も勝てた記憶がない」
「そうだね。きみはとても強かったけど、あの頃は身長差もあったから」
身長差だけの問題ではないだろう。
舞うように華麗でありながら無駄のない、精密かつ大胆な動きは、戦うために生まれてきたような人間のそれだった。
グランシャリオに、エスよりも強い人間はいたが、オーウェンよりも強いと思える人間には一度も出会ったことがない。
「兄さんがどれだけ強くなっているのか、見てみたい」
戦いの中で生きてきた者としての、純粋な好奇心だった。
オーウェンは、じっとエスを見つめ返してきたあと、唐突に吹き出すように笑い出した。
「……ふふ、ふふふ……あーはっは!」
オーウェンがこんなに砕けた笑い方をするのは珍しい。幼い頃ですら、そんなに何度も見たことはなかったはずだ。
エスが面食らっている間にひとしきり笑い声をあげると、オーウェンはすっと笑いをおさめて、研ぎ澄まされた刃のような表情を見せた。
「ん、いいよ。……戦 ろっか」
戦い慣れた強者特有の張り詰めた空気に、エスは、ずいぶんと長いこと忘れかけていた闘争心が、皮膚の下で熱をともなって目覚めるのを感じた。
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