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第12話 サザンクロシード
「きみが、ルイスがご執心の弟くんというわけだね。ルイスから聞いていたイメージとは違うけど、なるほど、ハウンドファングのトップチームにいたというのは納得だよ。とても強そうだ」
大小様々な国がある南アルリア大陸の中でも、もっとも文化に華があるといわれる国、アムスク。
その郊外に建てられた、独特の丸いデザインの巨大な建物が、南アルリア連合――通称、SAUの守護者たる機関、サザンクロシード本部であった。
もっとも、中は意外と普通のオフィスで、執務室らしき部屋に通された兄弟たちは、サザンクロシードのお偉いさんの一人、オルガ・クロードと対面することになった。
蛇のような男だ、というのが第一印象だった。
年は四十ぐらい。黒髪で、神経質そうな細い面立ちをしている。人が良さそうに笑ってはいても、腹の中になにを隠し持っているのかわからないタイプだ。
名を名乗ったあと、いきなりそう切り出されたエスは、隣の立つ兄の顔色をちらりと窺った。
オーウェンは目線だけこちらに向けて、『そういうことだよ』と言ったようだった。
グラノールでの潜入任務のあと、兄がルイス・アシュリーという名前になったのは事前に聞いていたが、やはり妙な気分だった。
「大事な犬を盗まれて、バルトロノアは今頃、さぞかし怒っていることだろうな」
バルトロノアとは、グランシャリオのボスの名だ。
冷やかしまじりの言葉に、オーウェンは肩をすくめた。
「犬など盗んでいませんよ。僕は、大事な弟を迎えにいっただけです」
「ルイス……いや、オーウェン・ロゴフと呼んでやった方がいいか? 何度も言っているが、勘違いはいけない。彼はもともとグランシャリオの所有物で、きみは一時的に彼の教育係を任されていただけの存在だ。きみに彼をどうこうする権利は、一ミリもない。きみがやった行為は『奪還』ではなく『強奪』だ」
「…………承知しています」
感情を押し殺した声で、オーウェンは返事をした。
「きみは北で、ずいぶんと大事にされてきた猟犬だったようだね」
クロードは次に、エスに話しかけてきた。
「少しばかり他の連中より狩りが得意だっただけです。兄さんが鍛えてくれたおかげで、身体能力はもともと高かったし数カ国語が使えたから、現場で使いやすかったんだと。もっとも、いつも、くそまずい食事と硬いベッドしか与えられていなかったので、大事にされていたということはありません。オレを含め、すべてのハウンドファングは使い捨ての道具でしたから」
表情を変えぬまま、エスは淡々と答えた。
誇張はなく、すべて事実だった。
「バルトロノア、及びグランシャリオに対する忠誠心はないと?」
試すような物言いだった。
「わかりません。そういう人間的な感情すらも、あそこでは不要とされてきましたから」
「では、逆に、恨む気持ちもないのかな?」
「今はまだ……それもよくわかりません。ただ、人が人としての尊厳を奪われた状態で戦わされるのはよくないことだと思うので、これ以上、グランシャリオに未来を奪われる子供が生まれないことを願います」
「オーウェンに対してはどうだ? きみの隣の男は、血の繋がっていない弟にずいぶんと執心していたようだが、きみを優秀なハウンドファングに育てるために、『実の兄である』と偽ってあらゆる教育をほどこしていた大ウソつきだ。その男を信じられるか?」
クロードは相変わらず笑っていたが、今度は明確に、言葉に毒が含まれているのがわかった。
エスは隣のオーウェンの顔を見る。
美しい顔は、不快そうな雰囲気を発しながらも、無表情を通していた。
「オレは今でもオーウェン・ロゴフを本物の兄だと思っています。血の繋がりが一切ないのは承知しています。それでも……兄が望むなら、なんでもやります。誰でも殺します。……もちろんそれが、あなたであったとしても」
淡々と答えながら、一瞬だけ、刺し貫くような殺気を向けた。
自分のことはどう言われてもいい。オーウェンを侮辱されるのだけは許せなかった。
クロードはわずかに息を呑んだあと、口元を歪めて笑った。
「ほう……よく躾けてあるじゃないか。理想的な『弟』だな。オーウェン?」
「……ええ、まじめで優秀な、とてもいい子です。必ず、南側のお役に立てるかと」
「しかし彼は、きみの言うことしか聞かなさそうだ」
「南側が僕を丁重に扱ってくれる限り、彼は南側の味方ですよ。……北側の脅威の一角がこちらについてくれるんです。素直に喜んでみては?」
「なるほど、そういう考え方もある。南の守護者と北の脅威が手を組むとはおもしろい」
クロードは机に片肘をつき、挑発的にエスを見上げてきた。
「誰でも殺せると言ったな。バルトロノアでも殺せるかな?」
「兄さんが殺せと言うなら殺してきます」
「……いいだろう。もともと、弟の強奪を許可したのは私だ。ルイス・アシュリー、おまえのこれまでの忠誠と働きに免じて、弟を南側で受け入れることを認めよう」
「ありがとうございます」
オーウェンは儀礼的な笑顔だけ浮かべて頭を下げた。
「弟は正式にサザンクロシードの局員として登録させてもらう。異存はないな?」
質問形式だが、反論の余地はなさそうな物言いだった。
オーウェンが目配せしてきたので、エスは頷く。
「問題、ありません。すでに『レイニー・アシュリー』の名前で偽造パスポートを用意してありますので、そちらの名前で登録してください」
答えたのはオーウェンの方だった。
「準備がいいな。その名前も悪くはないが……グラノール潜入任務の際は、エス・ロゴフと呼ばれていたんだったか?」
クロードはエスに向かって聞いてくる。
「はい。北側に戻って以降は『エス』とだけ。それとは別に、任務ごとに別のコードネームを用意されていたので、エスと呼ばれる機会もそう多くはなかったですが」
ハウンドファングは、いくらでも替えのきく『道具』だ。個人を認識するのに最低限の記号だけあればなにも問題なかったのである。
「では、うちの名簿にはエス・ロゴフで登録しておこう」
「…………」
オーウェンは怪訝そうな表情をクロードに向ける。
「ああ、きみの名前もオーウェン・ロゴフに書き換えておいてやろう。もちろん、今後も仕事によってはルイス・アシュリーの名前を使ってもらうことになると思うが。……そういえば、オーウェンというのはサザンクロシードにくる以前から持っていた名前だったな?」
「そうですけど」
「ならば、再びオーウェンと名乗ることに問題はないな?」
「もちろんかまいませんが……なぜ?」
「同盟の絆を強化するための作戦で偽りの家族を演じた者たちが再び手を取り合い、南北の平和を揺るがそうとする不届き者を食い潰す……おもしろい英雄譚になりそうじゃないか」
冗談とも本気ともつかない口調だったが、おそらく本気なのだろう。兄弟たちにはわかった。
オーウェンは薄く笑った。
「食い潰しても、よろしいので?」
「そうだ。希望していた休暇は予定通り与えよう。そののち、おまえたちにはバルトロノア暗殺、及びグランシャリオ解体のために動いてもらう。おまえはバルトロノアの顔を見たことがあるな、オーウェン?」
「……グラノール潜入任務の前に、一度だけ」
「弟の方はどうだ?」
「知ってます」
「ならば適任じゃないか。ロゴフ兄弟」
デスクに両肘をついて、オルガ・クロードはニコリと人のよさそうな笑みを浮かべた。
「ラバンズ連邦主導のもと、いま、北側はようやく、安定を取り戻そうとしている。南側と再び手を取り合える日もそう遠くはないだろう。今の北側に、ルビリオ帝国の亡霊はいらない。……わかるな?」
「はい。もちろん、トルネシアが世界への影響力を強めている今、我々はトルネシアにいいように使われないために、足固めをしなければいけない。北側と争っている場合ではない……そういうことですね?」
「そうだ」
オーウェンの言葉に頷くと、クロードはエスの方を見てくる。
「オーウェン・ロゴフが多大な時間と労力を費やしてまで手に入れるほどの価値がきみにあったことを示せ」
脅しに近い言葉であったが、バルトロノアの異様な威圧感にも慣れているエスが動じるほどのものではなかった。
「もとより、そのつもりです」
しれっと答えると、クロードは愉快そうに笑った。
「作戦名は……そうだな。オペレーション・スコーピオなんていうのはどうだ?」
「なるほど……承知しました」
エスには、なにが『なるほど』なのかさっぱりわからなかったが、兄が頷いたということは意味があることなのだろうと察する。
「ロゴフ兄弟、きみたちがSAUのジョーカーになってくれることを期待する」
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