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第14話 性と愛
血に触れた瞬間、ほんの少し、舌先が痺れたような感覚があった。
それに、腹に落ちてくる血液の量はごくわずかなのに、やけに腹のあたりが熱く感じられる。
「ほんとは、きちんと精製された血液製剤を注射した方が効果的だとは思うんだけどね。とりあえず、応急処置ということで」
彼の血を飲んだからといって、急激に体調が変化したようには感じられなかった。
「どう?」
「わからない」
「エリクシアとアンブロシアの影響でね、僕の血液はちょっと特殊なんだ。生命力を活性化させる力があるから、きみの体質を、ちょっとは正常に戻せるかもしれない」
指先の血がほとんど止まると、オーウェンは再び膝の上に乗り上げて、キスをしてきた。
「下半身への愛撫の仕方、覚えた……?」
「だいたいは」
「僕にもしてくれる……?」
「わかった」
エスが即座に頷いたことに、オーウェンは安堵したようにも見えた。
風呂に入ったばかりのオーウェンの性器からは、ほのかに石けんの匂いがした。
舐めているうちに、それに別の匂いがまざりあっていく。
「は、ぁ……ぁ……、ぅ……」
兄が弱々しい声をもらすところなんて、今までほとんど見たことがない。
それが今は、ひっきりなしにか細い吐息をもらして、時折肌を震わせている。
「大丈夫か?」
心配になって問いかけた。
「だいじょうぶじゃないくらい気持ちいいよ……」
ベッドに寝転がって、脚を開いた格好のオーウェンは、エスの髪に触れながら、また弱々しい声で囁いてきた。
いや……これは、色っぽい声というべきなんだろう。だんだんわかってきた。
「なぁ……兄さん、なにか出てきたみたいなんだが……」
「ああ……それ、先走りってやつだよ。気持ちいいと、出てくるやつ」
「精液とは違うのか?」
「もうちょっと強く吸われたら、精液もでるかもね」
はぁ、と熱っぽいため息が吐き出される。
やってほしいのかと思ったエスは、再びしゃぶりついて、喉の奥に当たるぐらい深く呑み込んだあと、頬肉の内側でしごくような動きをする。
「あ……ッ、ま、って……やば、ぁぁ……んっ」
腰がビクビク痙攣して、ペニスの先から、どろりと濃い体液が溢れてきた。
オーウェンが落ち着くのを待ってから口を離し、指で舌先に残る体液をすくう。
白かった。確かに、先走りとは別物のようだ。
口の中のものをどうしたらいいのかわからなかったので、とりあえず、飲み込むことにした。
「兄さん……どうした?」
オーウェンは枕に顔を埋めて、ぐったりとしている。
「……ちょっと待って。気持ちを整理している」
枕に抱きついているのは、どうやら顔を隠すためらしい。
「やはり、弟とするのは生理的に受け付けないか?」
「違う。逆だよ。……僕はもともと、セックスが好きじゃないんだ。誰かに体を触られるのも嫌だ。舐められたりしたらぞっとする。いつも、吐き気をこらえながら耐えてきた」
「……吐きそうなら、今すぐ抱えてトイレに連れていくが」
「最後まで聞いて。……きみのこと、性愛の対象じゃないと思っていたのに、きみにされるのはただひたすらに気持ちよくて、戸惑っている」
複雑な胸の内を吐露されたエスは黙り込んだ。
頭の中に、いくつかの言葉が浮かんだが、どれが正解かはわからなかった。
兄弟の定義について話すべきかとも考えたが、やめた。
「…………好きな相手に触られて気持ちいいのは一般論なのかと思っていたんだが、違うのか?」
「…………」
すぐに反応はなかった。
だが、待っていると、オーウェンは枕を抱えたまま、ひらりと片手だけあげてきた。
「こっちきて」
隣に転がると、すぐに枕は放り出されて、オーウェンの顔が目の前に現れた。
白い手が伸びてきて、するりと頬を撫でられる。
「エスはとってもいい子だね」
「兄さんだっていい子だ」
頭を撫で返すと、ブルーグレーの瞳が見開かれたあと細められて、抱き寄せられた。
素肌のままくっつきあってじっとしていると、やがて、相手の心音が伝わってきた。
穏やかで心地がいい、これ以上にないくらいの至福の時間だった。
幼い頃、よくひっついて眠っていたことを思い出す。やわらかくてあたたかい記憶だった。
「……ほんとはね、こうしているだけでじゅうぶんで、他に何もいらないと思ってるんだよ」
「オレもだ」
それなのになぜ、これ以上を求めてしまうのだろう。人の心と体は不可解だ。
「僕がきみにまた会いたいと思っていたのは、きみとセックスをするためじゃない」
「……肉欲を満たすことは、人にとって当たり前の幸福なんじゃないのか? 兄さんがさっきそう言った」
それなのにこの人はセックスが好きではないと言った。矛盾している。
オーウェンはしばらく黙り込んで考えているようだったが、やがて、エスの肩に額をこすりつけてきた。
「……一般論ではそう。でも、僕にとって自分の体っていうのは、目的を果たすための道具みたいなものだから」
「道具の方に心が振り回されていることに、戸惑っているのか?」
「そう……そう、かもしれないね」
弱々しく呟くオーウェンは頼りない子供のようで、いつもの完璧な兄とは別人みたいだった。
「オーウェン」
唐突に名前を呼ばれたオーウェンの肩が、ぴくりと揺れる。
「あんたが、オーウェン・ロゴフ個人であることと、オレの兄であることは別の話だが、完全に切り離せるものではない。それでも、仮にもし、オレがあんたのことを『兄さん』ではなく『オーウェン』と呼ぶようになったとしても、オレたちが兄弟だった過去も、兄弟としての絆も消えるわけではないだろう?」
「…………」
「悪い。なにを言っているのかわからないな。言葉にするのは、得意じゃないんだ」
「いや……エスの言葉はいつもまっすぐで、僕にとってはわかりやすいよ」
脚がするりと絡んできて、頭のてっぺんからつま先までがくっつき合う。
「性欲は人間の三大欲求のひとつで、それを奪うのは道義に反していると理解する一方で、僕はずっと、性欲を汚いものとして考えていたみたいだ。……でも、きみと触れあうことが汚いとか、そんなことありえないよね」
気持ちの整理がついたのか、オーウェンの声はさっきよりも明瞭で、すっきりしたような様子にも見えた。
「……ねぇ、もう一度名前を呼んで」
白い指先が頬に触れて、甘い声でねだられる。
「オーウェン」
さっきよりも気持ちをこめて呼んだ。
美しい顔が緩む。
「エスの声、好きだなぁ」
その瞬間、なんだかよくわからない衝動がこみあげてきて、気づいたら、口づけていた。
舌を絡めて唾液をまじり合わせて、夢中で貪っているうちに、体温が上がっていく。
脚の間に挟まっていたオーウェンの太腿が時折不規則に揺れて、それが、脚の付け根に刺激を与えてくる。
「……ねぇ」
濡れた唇が離されて、濡れた瞳がこちらを見つめてくる。
「勃ってない?」
「…………」
気のせいかと思ったが、気のせいではなかったということだろうか。
今度は意図的に、太腿で脚の付け根を擦られる。
「……っ」
「硬いね」
なんだこれ。ぞわぞわする。心拍数が上がる。こんな状態は、はじめてのことだった。
「さっき飲ませた血が効いてきたかな? それとも……こういうのが好きなの?」
すべらかな太腿でぐりぐりと圧迫されて、あやうく変な声が漏れそうになる。
「兄さ……やめてくれ」
「……なんだかとってもいけないことをしてるみたいで罪悪感がわきあがってくるから、今は名前で呼んでくれる?」
「オーウェンの脚、気持ちいい……」
気持ちいいとしか言いようのない感触に、吐息まじりの本音がもれる。
「よかったね。おめでとう。完全に機能が失われていたわけではなさそうだよ」
手でも触れられて、かたちを確かめるように撫でられる。
「僕のより大きいね。この状態だと、咥えるのは大変そう……」
どうしてだろう。さっき触れられた時はくすぐったい以上の感覚はなかったのに、今は、ちょっと撫でられただけで、ゾクゾクとする。
「……は、っ……」
「興奮してるエスの顔、可愛いね」
そういうオーウェンの顔も興奮しているように見える。
どうしていいのかわからなかったので、唇を求めた。
「ふ……」
「……ん、ん、ぅ……」
激しいキスを交わしながら、無意識なのか、オーウェンはエスの左の腰のあたりに自らの下腹部を押しつけてきていた。
硬くなっているのはさっきから感じていたが、よりそれが明確になっていく。
不器用に体を擦り合わせながら、キスを重ねているだけで、興奮はどんどん高まっていく。
「オーウェン……これは、どうしたらいいんだ……」
「ん……出そう? いいよ、イッても」
「どうやればいいんだ……」
なにか、腹の底からこみあげてくるのはわかる。しかし、得体の知れない感覚に戸惑って、そのまま身を任せてしまうのはおそろしく感じられた。
「……僕の上に乗って」
促されて、仰向けになったオーウェンの脚の間に腰を割り込ませる格好になった。
興奮しきったペニスとペニスが擦り合わせられる。
同じ器官のはずだが、並べるとかたちもサイズも色も違って、妙な感じだった。
「そのまま腰を擦りつけて……。ペースはエスに任せるよ。自分の、気持ちいいところに当ててみて……」
「これは……セックスの体勢なんじゃないのか……?」
映画で見たベッドシーンは、確かこんな体勢だったはずだ。
「はは……確かにちょっと、すごい光景だよね。…………挿れたい?」
「どこに挿れるんだ」
「ここだよ。お尻の穴。男同士の場合は、ここを使うんだ……」
オーウェンは自分の尻肉を掴んで、陰嚢の奥の窄まりを開くような仕草を見せる。
そこはなにかを挿入するような場所じゃないだろう、と思ったが、同時に、なにかいけないものを見てしまったような気分になって、反射的に生唾を飲み込んでいた。
エスの動揺に気づいたオーウェンが、ふふ、と笑う。
「エスも、ちゃんと男の子なんだね。かわいい」
「オーウェン……からかわないでくれ」
「ごめん。エスの反応が新鮮だったから、つい」
腕が首に巻きついてきて、ちゅっと軽くキスされる。
「……そんなところに挿れられるの、嫌じゃないのか? 痛そうだし」
「ちゃんと慣らせば、そんなに痛くはないよ」
過去の経験を匂わせる言葉に、どういう感情になっていいのか、エスはまた困る。
「……ねぇ、女の子の方がいいなら、正直に言ってくれてもいいんだよ。男としてはごく自然なことだし、僕は怒らない。……でもやっぱり、はじめての時だけは、僕にしてほしいな」
兄弟愛と呼ぶには度が過ぎた執着だった。そんなことは、とっくにオーウェン本人も気づいているはずだ。
「あんた以外、興味がない」
白い首筋に、エスは食らいついた。
軽く噛んで、舐めて、時々吸う。
「あ、ぅ、ん……っ」
薄い皮膚はずいぶんと敏感な様子で、首筋への愛撫だけで、甘い声があがる。
他の部分はどうだろう。興味がわいて、位置を少しずつずらしていくと、胸の突起に行き当たった。
「…………」
一応、本能的に、そこは性的に意味を持つ場所だとわかった。
小さな粒に吸いついてみると、あからさまに腰がビクリと震える。
「エス……ちょ……ア、ッ……」
胸への愛撫の仕方は教わっていなかったが、なんとなくわかった。
舌先でこね回しながらもう片方を指でいじっていると、下肢に濡れた感触が伝わってくる。
胸を舐められながら、オーウェンは先走りをこぼしていた。
「…………」
なんとなくわかってきた。自分だけ触られるよりも、オーウェンが興奮している姿を見る方が興奮する。
平常時よりもずいぶんと成長したペニスを、オーウェンのものに擦りつけると、さらに甘い声がこぼれて、白磁の肌が淡く染まっていった。
「だ、め……ぼくのほうがさきに、いっちゃいそ……」
肌はしっとりと汗ばんでいて、性感帯ではない場所ですら、触れると気持ちいい。
「綺麗だよ……あんたが欲に乱されるさまは、とても綺麗だ……」
汚くなんてない。
「ふ……いつもの僕とは、別人みたいだろ……? 幻滅、しないの……?」
「あんただって、オレがあんた相手に欲情してても、幻滅してないだろ?」
「それも、そう、だね……」
喋りながらも腰の動きは止まらなくて、限界が近いことが伝わってきた。
「あ……っ」
張り出してゴツゴツした部分を裏筋に押しつけると、オーウェンは美しい顔を泣きそうに歪ませたあと、欲望を解放した。
「は……ぁ、んっ、んん――ッ」
その熱に引きずられるようにして、エスも、はじめての感覚に身を任せていた。
頭の中が真っ白になって、数秒間ぐらい、意識が飛んでいた気がする。
「あ……」
気がついたら、二人分の精液が腹に飛んだり性器に絡みついたりして、大変なことになっていた。
「いっぱい出たね……。色も匂いも、健康上の問題はなさそうでよかった」
先端に触れてきたオーウェンの指先が残滓をすくって、まじまじと眺める。
そして、その指をぺろりと舐めるのを目の当たりしたエスは、なんとも言えない感情に襲われた。
思わず掌で口元を押さえて視線をそらす。
「どうしたの?」
「……なんか、思ってたよりも、こう……」
うまく言えない。なんだろうこの、いたたまれない感じは。
「恥ずかしい?」
「そう……多分、それだ」
弟の前ではじめて達したあとに気まずそうにしていたオーウェンもこんな感覚だったのかもしれない、とようやく思い至る。
あの時よりもいくらか吹っ切れた様子のオーウェンは、ふふ、と笑いながら頬にキスしてくる。
「シャワー、浴びた方がよさそうだね」
「悪い……」
一応その前にある程度は拭いておくべきかと思いサイドテーブルのティッシュを引き寄せたエスは、オーウェンの脚を開かせた。
もちろん、拭くためだ。
しかし、白濁の一部が脚の付け根にまで垂れて、尻の奥の窄まりまで濡らしているのを見てしまい、思わずそっと、脚を閉じさせてしまう。
「……ムラムラする?」
「ムラムラ……?」
俗世の言葉は難しい。それが適切な表現かどうかは、エスにはわからなかった。
「ま、いいや。シャワーいこ」
「ああ……そうだな」
今日はもう時間が遅い。明日はいよいよトルネシア行きの飛行機に乗る予定も入っているし、そろそろ寝た方がいいだろう。
ふらりとだるそうに立ち上がろうとしたオーウェンの腕を掴んで背中に回させて抱き上げると、オーウェンはきょとんとしていた。
「……すごい軽々と抱き上げてくれるよね」
「ああ……昔はオレの方がいつもおんぶされてたのに、って言いたいのか?」
「そうそう。すっかり逞しくなっちゃって」
兄としては複雑そうな顔だ。
「兄さんの背中、好きだったなぁ」
思い出したら、懐かしい気持ちでいっぱいになった。
「今でもおんぶぐらいしてあげられるよ」
他愛のないことを喋りながら体を綺麗にして、汚れたシーツを替えたらもうそこで眠くなってしまって、服を着るのも面倒になり、気づいたら、その日は二人とも、下着一枚の姿でくっついて眠っていた。
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