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第23話 祖国
「兄さん、花火だ」
料理を食べ終えて外に出る頃にはすっかり夜になっていたが、なんとなく名残惜しくてパーク内をぐるりと回る列車のアトラクションの列に並んでみたり、土産物を買い込んでいるうちに、閉園時間が差し迫っていた。
空で弾ける火薬の音を聞いて、ここでは、ショーのラストで花火が打ち上げられるのが定番になっているのを思い出した。
「ほんとだ」
まわりの人々もみんな足を止め、空を見上げている。
「ここでは、年末年始や国家行事でもないのに花火があがるんだな」
「そういえば、北側では祭りで花火を上げる習慣はあまりなかったね」
「グラノールにいた頃は、しょっちゅういろんなところで花火が上がっていた気がする」
「この国の人間は祭りが好きだからね」
つい他人事のように語ってしまうが、この国で暮らしていた頃が一番幸せだったのだから、皮肉なものだ。
「小さい頃、エスがお祭りに行きたいって駄々をこねてたことがあったね。……覚えてる?」
「母さんと父さんが一緒に行ってくれる予定だったのに、仕事が長引いて帰ってこれなくなって、行けなかった時の話か?」
「そう。子供だけで行っちゃダメだって言われてて……」
拗ねた弟があからさまに頬を膨らませている顔を思い出して、オーウェンの口からくすくす笑いがもれる。
結局、祭りには行けなかったけど、『父さんと母さんには内緒だよ』と言って、家の屋根の上によじ登って二人で花火を見た。
二人ともその頃はすでに鍛えていたから屋根の上に登るのは簡単だったが、花火の大きな音にびっくりして落ちないよう弟がしがみついてきたのは可愛かった。
「楽しかったね」
「……ああ」
あの頃とは何もかもが変わってしまったが、思い出を共有できる相手が隣にいてくれるのは幸せなことだ。
「今度はお祭りにも行こう」
「そうだな」
飾り気のない返事だが、声音にはいくらかあたたかみが戻っている。
他人が見ればなにを考えているのかわからない態度でも、意外と感傷的なことを考えていることが、オーウェンにはわかった。
花火が終わる前に、手を繋いで、ゲートの外に出た。
ホテルはここから歩いて十五分ほどの場所を予約してある。
少し距離があるが、散歩にはちょうどいいし、パークのそばのホテルよりは多少落ち着いていていいはずだ。
「エス、これ、人にあげちゃってもいいかな?」
駅に向かう人や、駐車場に向かう人が入り乱れる場所で、見知った者の姿を見つけて、オーウェンは足を止める。
エスが肩にかけた大きめのショッピングバッグには、二人が気の赴くままに無造作に買いあさってきたお土産が大量に詰め込まれている。
その中のひとつ、上の方にあったお菓子の缶をオーウェンは取り出した。
「かまわない」
「ちょっと来て」
植え込みのそばに、先ほどとは違い、無難なニット帽をかぶった黒髪の青年が立っていた。
「やぁ」
声をかけると、ビクッとしたあと、嫌そうな顔をされる。
「……なんで、普通に話しかけてきてるんですか」
イツキ・カブラギだった。
レストランを出たあたりから追跡されているのはわかっていた。アーサーの命令だろう。
監視されて当然の立場であることはわかりきっていたので、オーウェンは無視していた。
ちなみに、ご丁寧にレストランのテーブルの裏側には盗聴器が仕掛けられていたが、それは席についた直後に壊しておいた。
「さっきは弟が怯えさせてしまってすまなかったね」
「いえ……アーサーがあんな一瞬で窮地に追い込まれるところははじめて見たので、実にいい気分でした。むしろ、ありがとうございます」
おとなしそうな見かけだが、本気で言っているのがわかる。
「きみのそういうところ、けっこう好きだよ。せっかくだからこれ、お土産にあげるよ」
差し出したのは、ピンクのハート型の缶だった。中身は確か、ハート型のチョコレートだったはずだ。
「アーサーと一緒に食べて」
「え、嫌です」
ナチュラルに即答で拒絶された。
「仲よさそうに一緒に食べてる写真をあとで送ってきて」
「無理です」
イツキの顔がますます引きつっていく。
オーウェンはくすくすと笑った。
「二人で指でハートマーク作ってる写真も追加してくれたら、なおいいね」
「あの人がそんなことすると思ってるんですか?」
「やるんじゃないかな。引き換えに、僕が有益な情報を提供すると言えば」
エスよりも年上のはずなのにエスよりも顔が幼く、余裕がなさそうな青年が、すっと真顔に戻る。
「それは、バルトロノアの関する情報ですか?」
子供のような顔をしていても、彼もまた、国家機関のエージェントの一人なのだ。
「さぁ、どうかな」
ハート缶をイツキの手元に無理やり押しつけて、オーウェンはひらりと身を翻した。
「明日、出国する予定だから、それまでハウンドファングは抑えておいて。彼らが仕掛けてこなければ、僕らはもうトルネシアで面倒事を起こすつもりはないよ」
「…………」
「そうだ、それから……亡命の提案、ありがとう。トルネシアは大事な思い出がある場所だから、もし僕がなんの力も持たない一般人に戻れたら、もう一度ここで平和に暮らしてみたいと思ったことがあるのは事実だよ」
黙ってこちらを見ていたエスの隣に、オーウェンは並ぶ。
一般人に戻るのは不可能であることは、オーウェンを知る者なら誰でもわかりきっていることだ。
だから、口にしたのはあくまでも、絶対に実現しない夢物語だ。
「では、これからもあなたはSAUのために戦うつもりであると……そういう認識でよろしいですか?」
「SAUにはいろいろと恩義があるからね」
「あなたにとっての祖国は、あくまでもSAUであると?」
「祖国?」
オーウェンはおかしそうに口元を歪めた。
「祖国っていうのは、よくわからないな。僕は自分が生まれた場所を知らない。それはもしかしたら、北アルリア内のどこかの国かもしれない。僕を拾ってくれた人はトルネシア出身で、でもトルネシアを捨てて逃げてきた人だった。そのあと育ててくれたのは南アルリアだけど、人生の中で一番大事な時間は、トルネシアですごした。でも、トルネシアは僕の永続的な居場所ではなくて……ややこしくて、よくわからないだろう?」
イツキは、困ったように眉尻を下げた。
「僕は生まれも育ちもトルネシアですが、僕の何世代か前のご先祖様は、トルネシアに占領され、併合された亡国の民でした。おばあちゃんは、死ぬまでトルネシアを恨んでいました。純粋に祖国と呼べる国がないというのは、少し、わかる気がします」
「でもきみは今、異国で危険な橋を渡ったりしてまでトルネシアのために働いている」
「忠義というほどのものはなく、成り行きでこうなっただけですが……」
「僕も同じだよ。忠誠を尽くしてるわけではないけど、裏切るわけにはいかないんだ。……難儀なものだね」
「生粋のトルネシア人であるアーサーには、きっと理解できないでしょうね」
オーウェンはくすっと笑い、エスの腕に自らの腕を絡めた。
「あの祖国至上主義者のいじめに耐えられなくなったら、南に亡命してきてもかまわないよ」
「ほんとですか? 忘れないでくださいね」
冗談とも本気ともつかないイツキの返事にまた笑って、軽く手を挙げた。
「それじゃあまた。次は、どこかの戦場で会おう」
「それまでに生きてたら」
「お互いにね」
イツキはあのハートのチョコレートをちゃんとアーサーに渡すだろうか。
気になったけど、そこまで深入りするほど暇でもない。
まぁ、生きていたら、いつか確認することもできるだろう。
「エス、ごめんね。あのお菓子、実は食べたかった、とか言わないよね?」
「お菓子なら、他にもたくさん買い込んだだろう」
それもそうだ。普段はどんな国に出かけてもお土産を配るようなことはしたことがないのに、浮かれてつい、二人ではすぐに食べきれないほどの量を買い込んできてしまったのである。
「オレはあの、おもしろいかたちをしたマシュマロを食べてみたい」
「あはは。いいねぇ。ホテルに着いたらあけてみよう」
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