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第27話 中央情報局の男たち

 晴れ渡った空を、一機のジャンボジェットが飛び立っていく。  白い機体は鳥のようにも見えて、青い空に白い雲が浮かぶ光景によく映えた。  定刻通りの時間に離陸してくれたことと、問題の人物たちがおとなしくトルネシアの地を離れてくれたことに安堵し、イツキ・カブラギはこっそりと息を吐いた。 「よろしいので? 彼はヴァール事件の重要参考人では?」  しかし、一応隣には上司がいるので、神妙そうな顔でそう聞いてみる。  今日はグレーのスーツに薄いブルーのシャツをまとったアーサー・デューイは、今日も完璧な上流階級者特有の雰囲気を纏って、ガラス越しに空を見上げている。  立っているだけでさまになるのだから、嫌味なものだ。映画のワンシーンを眺めているような気分になる。 「あの兄弟を本気で拘束するとなると、エンドレイドを連れてこなければいけなくなる」 「我が国自慢の第一特殊部隊を、ですか?」 「そうだ。イツキ、きみはまだ、オーウェン・ロゴフの本当の恐ろしさを知らない。あれを敵に回すぐらいなら、泳がせておいた方がまだマシだ」  社交辞令でもなければ決して他人を過大評価することのないこの男にここまで言わせる人物は、世界に幾人いるのだろう。  アーサーほど気取ってはいないが、アーサーに負けぬほど芸術品のように美しく、常に気品あふれる立ち振る舞いをしながら、どこか危うい空気を纏い、見る者を惑わせる色香を持つ金髪の男の姿が浮かんだ。  ルイス・アシュリー。少なくとも各国の情報関係者は彼をそう呼んでいたはずだが、アーサーはどうやら、オーウェン・ロゴフというかつての名前の方が気に入ったらしく、先日からはずっとその名で彼のことを呼んでいる。 「そんなやばい相手に喧嘩を売ったんですか? あなたは」 「ここはトルネシア。わたしの庭だ。挨拶もなく入ってきたのだから、ちょっとぐらいからかってやってもいいだろう。こちらが本気で武力行使をするつもりがないことは、オーウェンもわかっていたはずだ」  下手したら全員、あの場で皆殺しにされていてもおかしくない雰囲気だった。うっかり巻き添えを食らいそうになったイツキとしては笑えない。 「……なるほど。とりあえず、あなたの弱みを握りたくなったら、オーウェン・ロゴフに相談することにします」  彼はアーサーのことを利用価値のある友好国の関係者として認めているようだが、心の底では嫌悪していることが昨日の件でよくわかった。いい発見だ。  イツキが本気でこの上司に一泡吹かせてやろうと思ったら、協力してくれるだろう。 「イツキ、オーウェンと仲良くするのはけっこうなことだが、逆に利用されるなよ」  小さな子供でもたしなめるような口調で言われた。 不快だが、いつものことなので、イツキは無表情のままだ。 「承知しています」  昨日、弟と一緒にいる時はずいぶんと人間くさく見えたことには驚いたが、一見フレンドリーに見えても、そんなに簡単に心を許してくれる男ではないことは、経験の浅いイツキでもわかる。 「弟の方にも、下手に手を出すな。弟がこれまでグランシャリオでなにをやってきたのかはわたしとしても興味深いところだが……オーウェンの弟への執着は常軌を逸している。わたしは、オーウェンがあの弟を取り戻すためにどれだけのものを犠牲にし、利用してきたかを知っている。今は兄弟ごっこでも、恋人ごっこでも、好きにさせてやれ」 「わざわざ馬に蹴られに行く必要はない、と?」 「そうだ。できれば、色惚けで腑抜けになってくれたらおもしろいんだがな」  そうはならないだろう、という口ぶりだ。 「……数年前、北アルリア内に駐在していたトルネシア軍基地が、たった一人のハウンドファングによって壊滅させられる事件があったという噂を聞きました。彼がその時のハウンドファングかはわかりませんが……南の切り札と一緒に行動させておくのは、危険ではないんですか?」  なお、その事件はトルネシア国内では一切報道されていない。軍の上層部と一部の関係者しか知らない、極秘事項として揉み消された。  イツキが聞いたのも噂話レベルで、どこまでが真実なのかは、誰も教えてくれない。 「そうだな。あの兄弟の戦闘能力は、我々にとっても脅威だ。しかし、脅威の片割れを、亡霊に持たせておくほうが危険だ。あの北の亡霊は、いつなにをするかわからんからな」 「……オーウェン・ロゴフの元に置いておくことで、むしろ抑止力として利用できるということですか」 「SAU――南アルリア連合は現在、我々と友好関係にある。彼らが北の亡霊を滅ぼしてくれるというのなら、お手並み拝見といきたいところだ。我々は高みの見物でもしながら、亡霊がいなくなったあとの北の行く末について考えていた方が時間を有効に使えるというものだ」  次々と飛び立っていく飛行機を目で追っていたアーサーが、不意にこちらを振り返り、微笑んできた。  この国がトルネシア連邦という名前を名乗る前、中核となった国の祖は、もともとはとある国の植民地だったという。  独立を勝ち取ったあとも二千年に渡り侵略戦争を繰り返し、とうとう世界の三分の一の陸地を支配したあとも、この国はどこまで勢力を広げるつもりなのだろう。  一応祖国とはいえ、その欲深さに、時々ぞっとさせられる。 「北と南のジョーカーが揃い、南の力が増したとしても、我々には関係ない。どんな状況でも、ゲームは我々がコントロールする」 「ジョーカー、ですか」 「ジョーカーの意味がわかるか? イツキ」 「道化師ですか?」  今の会話の流れでは、切り札という意味合いが強い。しかしアーサーがわざわざそういう聞き方をしてくるということは、なにか別の意味があるはずだ。 「それもある」  アーサーはやや肉厚な唇に酷薄そうな笑みを浮かべた。 「最強の切り札でありながら、最悪の厄災にもなり得る存在だということだ。それらに我々のルールを適用させようとするのは無駄なことだ。あの兄弟は我々の手には余る。下手に引き込もうとすれば、いらぬ災いを呼ぶだろう」 「ではなぜ僕に、亡命の提案を持ちかけるよう命令してきたんですか?」 「オーウェン・ロゴフの反応を見たかった。それだけだ。特におもしろい回答は返ってこなかったようだがな」  しれっと言われて、イツキはため息を隠しきれなかった。  いつも祖国と仕事のことしか考えていないくせに、そんな意味のない戯れを仕掛けるとは。やはりオーウェン・ロゴフに個人的な感情があるのではないか、と思ってしまう。 「そういえば、オーウェン・ロゴフから土産を預かっていますよ」  渡す必要があるのか悩んだが、相手は上司だ。報告しないわけにもいかない。  腕にぶら下げていた紙袋から、イツキはピンクのハート型の缶を取り出した。 「中身はチョコです。一応確認しましたが、メッセージや暗号の類いは発見できませんでした。薬物反応もなかったので、ただのチョコかと」  アーサーはハートの缶を受け取ると、蓋を開けてちらりとだけ中身を一瞥した。 「わたしではなく、きみにあげたものではないのか?」 「あなたと一緒に食べてほしいと言って渡されました」 「ほう」 「……仲がよさそうに一緒に食べている写真をあとで送ってほしいと」 「わたしとイツキが?」 「……二人で指でハートマークを作っている写真も送ったら、有益な情報を提供してくれると言っていましたが、……さすがに冗談ですよね?」  できればこんなこと、自分の口からは報告したくなかったイツキの顔が、だんだん引きつっていく。  アーサーはもう一度缶の中身を見て、透明なビニールに包まれたチョコの一つを取り出して眺めてから、いきなり吹き出した。 「ははははは!」 「……は、はは……」  明るく笑い飛ばすアーサーに同調していいのかわからず、イツキは中途半端な、渇いた笑いを浮かべるので精一杯だった。 「すっかりオーウェンのおもちゃにされているじゃないか、イツキ」 「…………」  そうでしょうとも。まぁそういうことなんだろう。  イツキの作り笑いは、あっという間に憂鬱な表情に変わっていた。 「逆にそれぐらいの冗談をあいつに持ちかけるぐらいでないと一人前にはなれないぞ、イツキ」  無造作にビニールの包みが切り裂かれて、中から取り出されたチョコが、イツキの口の中に押し込まれた。  添加物がたっぷり含まれた、過度に甘いチョコレートの味が口の中に広がる。 「しかし、酔狂なあの男のことだ。本当に写真を送ったら、サービスのひとつでもしてくれるかもしれないな。……試してみるか?」 「……ご冗談を」  もう嫌だ。早く国外の任務に戻りたい。  これだから、トルネシアに戻るのは嫌だったのだ。縁もゆかりもない土地で危険な綱渡りをしているよりも居心地が悪い。  この男がまだ現場にいる時に新人デビューしてしまったのは大いなる不幸だが、すぐに本部勤めになってくれたおかげでコンビを解消されてよかった、と心から思う。

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