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俺しか触れられない

「おはようございます、陸さん」 「おはようございます、秀太さん。お天気が良くて良かったですね」 駐車場で、すでに車に乗り込んでいた陸さんに、助手席に乗り込みながら挨拶をする。 この車に乗るのは何回目やろ。もう、乗り込み方も慣れたもんやな。 月曜日の朝。陸さんの車に乗り込んで早々、彼は助手席の俺の胸元にふっと視線を落とした。 「……秀太さん。素敵なネックレスですね。もしかして、元宮さんからですか?」 満面の笑みで言い当てられ、俺は思わず肩を跳ねさせた。 「え……あ、いや、これは……」 これはまずい。今恋人である陸さんとのデート中に、昨日の幸せな余韻のまま、見せびらかすように愛の証をつけてきてしまった。ほら見てみろ。こういう隙が生まれるから、もとちゃんとの関係を進めるのを拒んでたんやろ。わかってたのに、自分の浅はかさが情けなくてたまらなくなってくる。陸さんは静かに車を走らせながら、いつもより低く冷ややかな声で呟く。 「……僕たちは今、仮にも恋人同士です。一ヶ月しかないこの貴重な期間に、それは何度目の浮気ですか?」 さっきまでの穏やかでにこやかな陸さんが嘘のよう。この人の二面性は何回見ても慣れへん。手のひらで転がしてると思ったとたん、こうやって反撃に出る。その気持ちが読み取れんくて、心臓がその度にヒヤッとする。 赤信号で止まった隙に、陸さんはすっと綺麗な手を差し出してきた。 「……そのネックレス、こちらに貰えますか?」 静かで拒絶を許さない響き。怖い、だけど、俺にも俺の気持ちってもんがある。 「……嫌です。……これは、僕しか触っちゃいけないものなんです」 もとちゃんがくれた愛の印を、俺はぎゅっと握りしめて抵抗した。弟のためならなんだってすると決めていた。でも、これだけは絶対に渡せへん。弟が大切なのと同様に、もとちゃんが大切にしてくれている『俺自身』のことも大切にせなあかんと、気づいたから。陸さんは静かに手を引き、前を向いたままもう一度問いかけてきた。 「……元宮さんとは、本当にただの幼馴染なんですか?」 まっすぐな問いが胸の奥に刺さる。もう、誤魔化すことなんてできなかった。 「……弦が空くんを大切に想うのと同じように、僕も彼のことを大切に想っています」 ──言ってしまった。あっさりと本心を白状してしまった。あーあ、これで俺の負けや。完敗やんか……。一ヶ月の偽装恋愛で陸さんをギャフンと言わせるはずが、自分から半月も経たないうちに、降参してしまった。 こんなに重い愛の印をつけてもらった以上、もう嘘はつきたくなかった。これ以上もとちゃんも自分も傷つけたくなかった。でも結局、俺は弟たちより自分の幸せを選んだ。所詮、自分が一番可愛いしょうもない人間なんや、俺は。 助手席でがっくりと肩を落とし、深いため息をつく。しかし陸さんは怒る風でもなく、なぜか満足げにふっと優しく微笑んだ。 「……わかりました。じゃあ、せっかく有給を取ったのですから、最後のデートをしましょう」 「……はい」 そうして連れてきてくれたお洒落なカフェのテラス席。けれど、俺の気分は一向に上がらなかった。わざわざ有給までとってもらった手前、「そんな資格なんてないです」なんて言葉も言えずに、作戦失敗のショックも重なり、せっかくの美味しい紅茶も味がしない。 「……秀太さんは、昔から男性が恋愛対象だったんですか?」 静かに紅茶を一口飲んだ陸さんが、唐突に尋ねてきた。 「……いえ。今までは女性しか好きになったことがなかったんです。……もとちゃんのことも、陸さんとこう言った関係を始めなければ、ずっと自分の気持ちに気づかないままでした」 正直に胸の内を打ち明けると、陸さんはどこかにこやかに目を細めた。 「……秀太さんが、僕より先に男性同士の恋愛の本質を知ってしまった……ということですね」 「……そうですね」 申し訳なさを込めて苦笑すると、陸さんはどこか意味深な笑みを浮かべてぽつりと呟いた。 「でも、僕も……少し分かった気がします」 「え? ……じゃあ、2人のことは……認めてくださるということですか?」 思わず身を乗り出すと、陸さんは穏やかな表情のまま言った。 「それについては……また後で、4人で話し合いましょう」 「ありがとうございます!」 ホッとして心からの笑顔を向けると、陸さんも引きずられるように楽しそうに笑った。 「あ、この間、洸くんがケーキをお好きだと聞いたのですが、秀太さんはどうですか? 僕はこういうフルーツが沢山のものが大好きで……ケーキというよりはタルトに目がなくって」 さっきまでの緊張感が嘘のように、陸さんが今までになく砕けた口調で話し始めた。たまに出て来る、この人の「素」のような人格に、穏やかで可愛らしい空くんを重ねてしまい、こちらもつい、同じように返してしまう。 「分かります! 僕も生クリームたっぷりよりフルーツ系が好きで。……やっぱり歳、なんですかね?」 そう笑うと、陸さんが尋ねてくる。 「……失礼ですが、秀太さんっておいくつですか?」 「……幾つに見えます? お世辞抜きで」 美容室のお客様とのやり取りを楽しむように、微笑んでみせる。 「……出会った時のことや弟さんたちの雰囲気を考えると……29、30といったところでしょうか。でも、お店の成功具合から行くと35……いや、そういった背景を抜きにすると外見は27……でも、色気を考えると29……うーん」 「ふふっ、真面目すぎませんか?」 生真面目な陸さんらしい悩む姿に、思わず吹き出してしまう。こうやって普通にお隣さん同士として出会っていれば、もっと楽しい関係になれたのかもしれへんな。 「では、見た目で29で!」 「惜しい! 30です!」 「それはすごい。30歳で2店舗のオーナーですか!?」 「僕、才能の塊なので」 いたずらっぽく笑ってケーキを頬張ると、陸さんが少しうっとりとした目で俺を見た。これはあれや。前に見た『俺に恋している顔』や。そうか、こういう砕けた雰囲気も響くのか。……まだ俺、完全に負けたわけやないかもな! ってもう、勝負せんでもええんか。 「陸さんは……出世具合から見て、40!! どうですか!?」 「え、……出世具合を引いたら、何歳に見えますか?」 「……うーん、39……かな?」 「うそだ……」 あからさまにショックを受ける陸さんに、笑いが止まらない。でも、空くんが24歳として、40歳ならだいぶ歳の離れた兄弟ということになるな。 「え……本当は幾つなんですか?」 「……僕、まだ34なんです」 「ふふっ、わざとですよ。その方が面白いと思って」 「あ~! それ、絶対思ってないやつだ!」 怒ったふりをしながら紅茶を一口飲み、陸さんが静かに吹き出した。良かった。この人、弦と空くんのことに驚いて変な態度を取ってしまっていただけで、本当はすごく気さくで楽しい人なんやろな。だって、あの素直で可愛らしい空くんのお兄ちゃんなんやから。

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