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【一】青羽―お金がない!④

 二時間が経過して、Aチームが十五分の休憩に入った。休憩室内に一割安い値段の自販機が設置されているが、持参した水筒から麦茶を飲んだ。今は一円だって貯めておきたい。既に身体が汗だくだ。明日は換えのシャツを持ってこよう、と心に刻む。 「ねえ、日野君。彼女はいるの~?」  休憩を終えたところへ、入れ違いのBチームから質問を受けた。 「ちょっと、ユキちゃん。止めなさいよ」 「え~、いいじゃない。ただの好奇心よ~。あたし、本命は社長だしぃ~」  黒眼鏡の女性に咎められながらも唇から舌をペロリと出す仕草が、その場にマッチしていなくて怖かった。なんだかイグアナみたいだなぁ。社長、速攻で食べられちゃいますよ~。 「それ、全員じゃね?」 「山本さんは違うでしょ。おばさんだし」  イグアナさんは、かなり失礼な発言をした。 「さあ、日野君。後半も頑張って」  いつの間にかイケメン社長が背後に立っていたー! 「ひゃいぃぃ!」  飛び上がって足がよろめいた俺は、お姫様のように王子様の腕の中へ。あれ、なんだかいい匂い……って、ちがーう! 「きゃ~、BがLしてる~」 「でたよ、この腐女子~」  若い女性達が騒いでいる。フジョシって誰だろ? 「大丈夫か?」 「す、すいません!」  社長の真っ白なYシャツに汗がついたら大変だよ。掴まった腕は筋肉がついて逞しかった。きっと俺より五十パーセント多いぞ。  後半戦は、ベッドメイクの実践指導を受けた。教えてくれたのは山本さんというおばちゃんだ。俺よりもかなり年上なのにキビキビと動いてシーツをピンと張り、羽毛布団にカバーをかける手さばきがマジックのようだ。 「回数をこなせば慣れるわよ。はい、もっとカバーの端っこまで布団をいれて。……そう、端を摘まんで、そのまま左手で反対側へ伸ばして……」 「は、はい」  一部屋の清掃時間は二十分が目安で、冗談抜きで走り通しだった。  そして汗だくのままトレーナーとジーンズに着替えてジャンパーを羽織り、一人だけ退出した。他のメンバーは午前一時まで働くそうだ。みんな凄い体力だなぁ……。 「お疲れさま」 「社長、お先に失礼します」 「どうだい、明日もこれそうかい?」 「はい、よろしくお願いします」 「丁度いい、一緒に出よう」  会話をしながら通用口まで歩いた。オートロックの扉は、セキュリティー対策で内側からも壁の数字パネルに暗証番号を入力する。社長の視線に緊張しながらドアを開けて、温度差マイナス二十五度の世界へと足を踏み出した。 「ひえ、寒い!」 「自転車で大丈夫かい。送ろうか?」  スーツ姿の彼は微塵も寒さを感じていないようだ。コートは着ないのかな。 「雪はないんで大丈夫です。失礼します!」  自転車置き場の暗がりまでついてきた社長に挨拶をして頭を上げると、息のかかる距離に美麗な顔があった。あ、眼鏡がない。  チュ。 「おやすみ」  ヴァイキングが、俺の頬にチューした。あれ、ここってアメリカだっけ?  チュ。チュ。カプ。  左側の頬と唇にキス。鼻頭は甘噛みされた。ここまで来ると、挨拶じゃないのは俺でも分かる。 「嫌がらないんだね」  嬉しそうに耳元でささやかれて、股間と胸が熱くなった。 「おやすみ。気をつけて帰るんだよ」 「おやすみなさい……」  何の変哲もない言葉が、ペダルを漕ぐ俺の脳内でリフレインしていた。  気をつけて帰るんだよ――。  気をつけて帰るんだよ――。    

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