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【三】水上―湧きでる害虫たち②
「魅力と年齢は関係ないさ。阿部さんは自分を過小評価しているよ」
「ありがとうございます」
そう。彼女や佐川のようにまともな人材を得るのは、この繁華街では困難を極める。
「それと、館内に落ちていた小銭を貯める貯金缶が無いことに、今朝気づきました」
客室に小銭を落としていく客は案外多い。自動精算レジにしてからレジの誤精算はなくなったが、次はこれか……。
「分かった。それも確認してくる」
「新しいのを用意しましょうか」
「そうだな。とりあえず、また同じ場所に置いてくれ」
無論、阿部と佐川も知らない監視カメラが見張っている場所だ。
「社長。これどうぞ」
「マスク? 風邪は引いてないぞ」
「虫よけです」
「今は冬だぞ」
「じゃあ、風邪予防って事で。今度はドピンク豚の貯金箱にします」
泥棒は賽銭箱でさえ担いで逃げるのだが……。余計なひと言を飲み込み、ホテルを後にした。
アーケード街を避けて通っても必ず障害がやってくる。生まれ持つ受難としてとうに諦めてはいるのだが、面倒この上ない。
「あら、水上社長。お久しぶりね。最近はちっとも来てくれないのね」
「こんにちは、花梨ママ。今日もお綺麗ですね」
接待で使うクラブのママが着物姿で艶やかに微笑んでいた。俺を誘うような眼差しは芝居か、はたまた真実か……。
「あなたの隣でも映える姿で良かったわ。どう、これからお茶でも……」
「すいません、約束があるので。近いうちにお店にうかがいますよ」
「待ってるわ」
経験豊富なママでラッキーだった。商売がらみの相手は引き際を心得ている。三千を超える店が軒を連ねるここ分町は、一日に二十件の店が閉店すると言われる夜の繁華街だ。
夜の蝶達がネオン街を羽ばたき、客に夢を提供する。三十路になってもこの界隈で見かける女性達は、経営手腕の優れたワルキューレと言っても過言ではない。
「ねえ、あたしヒマなんだ。一緒に遊んでよ~」
二本目の通りで声をかけてきた女は露出の多いワンピース姿で巨乳を強調していた。今は師走だぞ、コートの前をなぜ開けている。無断で俺に腕を組んできた女が小悪魔スマイルを浮かべた。残念だな、厚塗り整形ねえちゃん。俺はゲイで股間が反応しないんだよ。
「悪いが急いでる」
「ええ~。信じらんな~い」
何がだよ。やはり阿部の忠告を聞くべきだったか……。
「あら~、昼間から捕獲されてるわ」
「イケメンは罪深いわ~」
「お嬢さん諦めなよ。その人は、あたし達の相手で忙しいんだよ」
ふふん。と挑発的に鼻で笑い、女の腕を振り払ったのは『ルキア』昼部門のパート連中だった。
「げっ、そんなババア相手にするの? 信じらんな~い」
「なんだって~?」
「あんた、噂の裏アカ女子だね?」
「違うわよ!」
「さあ、いこうか。お嬢さん、失礼するよ」
いきり立つ中年パート達を巨乳から引き剥がして、アーケード街まで歩く。仕方なくマスクを装着した。
「そうそう。いつもマスクしてくださいよ」
「あの~、一番街商店街のおいしいパンケーキの店ってどこですか~?」
「うるさい、小娘。スマホで検索しな!」
新たな刺客、いや逆ナン娘を蹴散らす姿はさながら闘牛士だ。
「マスクじゃ美形は三分の一しか隠れないから無駄だね。彼女と歩くしかないねぇ」
「そうだよ、早く結婚しちまいなよ」
「アドバイスありがとう。抹茶ソフトはいかがですか。ボディーガードのお礼です」
『お日さま商店街』の老舗お茶屋名物、抹茶ソフトクリームの看板を指さし、店内へとエスコートした。
「わあ、社長。ごちそうさまです」
「ごちそうさま~」
「社長、太っ腹~」
「シックスパックだけどね」
「見たんか~い」
「ううん、妄想」
「そうそう」
「きゃはははは~」
アラフィフチームはいつも元気いっぱいだ。彼女達と別れて歩みを早めた。
ファッションホテル『ルキア』は一階の敷地半分をコインパーキング形式の駐車場にしている。ゲートバーをくぐると、敷地奥に黒いバンが一台停車していた。気配に気づいた探偵は素早く降り立ち、シャッター横の非常ドアを無言でくぐる。
「待たせたね」
「いえ、ほんの数分ですよ」
プライベート用のエレベーターでペントハウスまで上がり、リビング横の書斎に通した。
黒いアタッシュケースを持つ探偵屋のテツは、小学生の頃から見知った間柄だ。家業を継いで、街を纏めている『龍 青 会 』の手足となって探偵業を営んでいる。
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